An die Musik 開設9周年記念 「大作曲家の交響曲第9番を聴く」

ドヴォルザーク篇

文:伊東

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 ドヴォルザーク最後の交響曲は、第9番というよりも「新世界」と呼ばれて愛好されています。クラシック音楽ファンに限らず誰もが知っている名曲中の名曲です。私もご多分に漏れず、クラシック音楽を聴き始めた頃はこの曲を飽きることなく聴き続け、すみずみまで覚えてしまったものでした。

 私が高校生の頃はジュリーニ指揮シカゴ響の録音(DG、1977年録音)をよく聴きました。完璧なアンサンブルで奏でられるカッコイイ音楽に「クラシック音楽っていいなあ。カッコイイなあ」と思っていました。聴き手を幸せな気持ちにさせてくれる曲なのですね。飽きるほど聴いた割に飽きが来なかったのもすごい。クラシック音楽の名曲を洗いざらい聴いた後でもやはりすばらしい名曲だと思います。高校生の頃に感じたワクワクするような音楽を、おじさんになった今も変わらずに楽しめるのです。これを名曲と言わずして何というのでしょう。

 さて、この曲は交響曲として立派な骨格を持っているうえ、表題音楽としての側面を持っているため、演奏には様々なタイプがあり、聴き比べには格好の対象になっています。解釈の多様性もこの曲の魅力になっているのですね。

 演奏スタイルの変わり種として、フリッチャイ指揮ベルリンフィルによるドイツ風あるいはゲルマン民族風の質実剛健スタイルがあり、これがここ数年の私のお気に入りです。

CDジャケット

ドヴォルザーク
交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界から」
フリッチャイ指揮ベルリンフィル
録音:1959年10月、ベルリン、イエス・キリスト教会
DG(輸入盤 463 650-2)

 これについてはその魅力を語ってしまいたいところですが、過去に取りあげたことがありますのでこちらをご覧下さい。

 このパワフルなゲルマン民族風演奏と対極にある演奏は何だろうかと考えていたのですが、ボヘミア的ローカル色の強い演奏ではなくて、バーンスタイン指揮ニューヨークフィルによる演奏がではないかと思われます。

CDジャケット

バーンスタイン指揮ニューヨークフィル
録音:1962年4月16日、ニューヨーク、マンハッタンセンター
SONY(輸入盤 SBK 60563)

カップリング
序曲「謝肉祭」 作品92
録音:1965年2月1日、ニューヨーク、マンハッタンセンター
スラブ舞曲作品46 第1番ハ長調、第3番変イ長調
録音:1963年10月7日、ニューヨーク、マンハッタンセンター

 アメリカ=新世界ずくめの1枚です。アメリカ出身の指揮者、アメリカのオーケストラ、アメリカのスタジオでの録音、ついでに録音を行ったのはアメリカのCBSでした。

 それはともかく、CBS時代のバーンスタインのCDはいいですね。若きバーンスタインが音楽に対する愛情をストレートにぶつけています。直球勝負なのでとてもわかりやすい。小細工を労したり、妙な解釈をこじつけて難しくしたりしない。とても好感が持てます。バーンスタインのCBS時代の録音がCD化されていると私はできる限り買うようにしているのですが、まだ「これはひどい」というものに出会ったことがありません。意外に録音も良くて、お買い得だったりします。

 この「新世界」もその例に漏れず、大変優れた演奏だと思います。熱気と勢いがあって、前に前にという躍動感がたまりません。本当にわくわくします。「新世界」というからにはこうでなくては。

 熱血っていいですねえ。演奏に血が通った感じがします。目の前に若き日のバーンスタインが跳んだり跳ねたりしながらこの曲を聴かせてくれている様子が彷彿とされます。録音を聴いていると指揮台のバーンスタインが足を踏みならすような音まで入っていてすごい臨場感です(ややうるさくもありますが、ご愛敬でしょう)。オーケストラの力量も上々で、個々のプレーヤーの響き、全体としての響き、いずれもすばらしいです。

 この「新世界」は、録音データを見ると、わずか1日で収録されたことになっています。リハーサルをみっちりやってコンサートで披露し、その後にこの録音に臨んだのかもしれません。スタジオ録音ですから材料を集めて編集されたもののはずなのですが、この録音を聴くと、編集されたような気がしません。冒頭の熱気が最後まで続いていて、ライブを聴いているような気にさせるからです。こうした優れたスタジオ録音盤はもっと評価すべきです。

 この録音をSONYはSACD化しています。

SACDジャケット

バーンスタイン指揮ニューヨークフィル
録音:1962年4月16日、ニューヨーク、マンハッタンセンター
SONY(輸入盤 SS 6393)

 これはプレーヤーのスタートボタンを押すと、カチッという音と同時に楽音が出るというリスナーの気持ちを無視した全く興ざめな作りであること、「新世界」1曲しか収録されていないこと、ハイブリッド盤でないので、SACDプレーヤーを持っている人でなければ聴けないこと、という欠点にさえ目をつぶれば、とても成功したSACDです。

 SACDはフォーマットとしてはCDの規格を上回っているのでしょうが、実際は玉石混淆で、モノラル録音盤にも劣るディスクがあったりします。私としてはSACDの現実にかなり幻滅していて、開発メーカーであるSONYが普及に消極的な理由も成功事例が稀少であるためではないかと勘ぐっているのですが、たまにびっくりするような出来映えのディスクに出くわします。バーンスタインの「新世界」がそのひとつで、CDとは比較にならないほど生々しい音で迫ってきます。最初の数小節を聴くと身を乗り出さずにはいられなくなります。音が生々しくなっただけでなく、ステレオ感も自然なので、オーディオ的な楽しみよりも先に演奏に引き込まれます。その演奏が上述の通り熱血であるわけですから、聴き手の興奮度はCDを完全に凌駕します。

 SACDに批判的な私でも、こういうことが生じるのでついSACDを買ってしまうのです。この録音の場合、通常のCDだって水準を軽くクリアしているのに、SACDは大成功といったところです。SONYはこういうSACDをシリーズで、そしてもう少し廉価でリリースしてくれないものかと思います。

 最後に。バーンスタインは晩年に「新世界」を再録音しています。

CDジャケット

バーンスタイン指揮イスラエルフィル
録音:1986年9月、パリ、サル・プレイエル、ライブ録音
DG(輸入盤 427 346-2)

カップリング
スラブ舞曲 作品46 第1番ハ長調、第3番変イ長調 第8番ト短調
録音:1988年6月、テル・アヴィヴ、マン・オーディトーリアム

 1962年に颯爽と指揮台に立ち、ストレートに情熱を傾けた演奏をしたバーンスタインもすっかり巨匠となりました。イスラエルフィルとの演奏も重厚長大型に変貌しています。「新世界」全曲で50分をかけていることにまずびっくりさせられます。第1楽章が始まると間もなくフルートとオーボエの旋律が現れますが、スローテンポで奏されるためなのか、音がばらばらに聞こえ、まるでもっと先の時代の音楽でも聴いているのかとギョッとさせられます。第2楽章は旧盤よりも4分も長くなっていて、その雰囲気は葬送曲のようです。第3楽章はやや普通のテンポに戻りますが、第4楽章の初めに現れるトランペットのあの旋律はおそらく意図的に平板に吹かれています。まるでニューヨークフィルとの演奏をひっくり返そうとでもしたかのようです。これが同一人物による指揮なのかと絶句します。ある意味で鬼気迫るものを感じます。

 晩年のバーンスタインはこの曲に何を感じ取ったのでしょうか。もしかするとバーンスタインの中にあった何かがこの演奏に投影されているのかもしれません。興味深い1枚です。

(注:バーンスタイン盤については松本武巳さんの文章もご参照下さい。2007/12/19)

 

(2007年11月5日、An die MusikクラシックCD試聴記)