ヒンデミットを聴く 〜続・5つのCOOLな管弦楽曲〜 【後篇】

文:青木さん

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■ 第3曲 アルプス交響曲の兄弟曲?を聴く

CDジャケット

ヒンデミット
交響曲 変ホ調 (1940)
パウル・ヒンデミット指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1949年1月12日 コンセルトヘボウ、アムステルダム (Live,mono)
Q-Disc(輸入盤 NM97017)

 コンセルトヘボウ管はヒンデミットをほとんどスタジオ録音しておりませんが、ライヴ録音はいろいろCDになっています。年代別にCDボックス化されている放送録音集の第1巻には、自作自演の録音を収録。交響曲とだけ題された30数分の作品です。どんな曲かと聴いてみると・・・このメロディ、このハーモニー・・・こ、これはあの「サンダーバード」のテーマ曲ではないか! まぁ冒頭の部分だけとはいえ、ここまでソックリだと笑えます。バリー・グレイもきっとこの曲を聴いていたはず。

 4つの楽章で構成され、ゆっくりした第2楽章やスケルツォの第3楽章、終楽章にいたってはソナタ形式という古典形式ぶり。しかし冒頭のサンダーバード動機が形を変えながらあちこちに出てきて全曲を統一するあたりはロマン的、これにモダンなリズムとハーモニーが重なって、独特の世界をつくっている。綿密に構築された、聴きごたえある力作です。

 しかしながら60年前、昭和でいえば24年の放送録音はさすがに少々厳しいクオリティ。音量が上がると団子状の音塊になりがちで、細かい部分がどういう曲なのか、いまひとつ掴みきれません。こんな音でも個性を感じさせるオーケストラには驚嘆させられるんですけど。

CDジャケット

<比較盤>
ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルハーモニー
録音:1981年4月 ルカ教会、ドレスデン
Edel(輸入盤 Berlin Classics 0090542BC)

 そこでケーゲル盤を購入しました。「画家マティス」「気高き幻想」の2曲はキング社のシャルプラッテン・シリーズで国内盤が出ていますが、このCDは他に「セレナ交響曲」「トランペット・ファゴット・弦楽協奏曲」も入っている2枚組。

 演奏は極めつけのスーパー・クール。対位法的にフレーズが重なる複雑な部分もくっきり明快で、CADで描かれた設計図面でも見ているかのようです。「青少年のための管弦楽入門」では興ざめを呼びおこすほど過剰・過激だったケーゲルの緻密さと冷徹さが、このような曲には完璧にフィットする。おもしろいもんです。といっても演奏そのものはおもしろみにまったく乏しいタイプなので、念のため。

 さて本章タイトルの意味なんですが、われわれの(厳密には少し上の)世代にとっての二大特撮TV番組テーマ曲との類似性、という点で共通しているワケですね。ウルトラセブンは緻密かつ大胆なメカ描写の側面においてサンダーバードの多大な影響を受けておりまして、R.シュトラウスとヒンデミットの間にもそういう関連があれば話としてはおもしろいのですけど、そんな事実はないようです。当然か。

 

■ 第4曲 ヒンデミット・グレイテスト・ヒッツを聴く

CDジャケット

ヒンデミット
ウェーバーの主題による交響的変容 (1943)
オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1967年2〜3月
Edel(輸入盤 Berlin Classics 0093942BC)

 シカゴ、ヘボウと続けば次にくるのはカペレなんですが、この曲だけは以前からスウィトナーが指揮するカペレの録音でなじんでいたもの。450周年ボックス・セットに入ってますからね。ヒンデミットの最も知られた曲とあって他のCDもいくつか持っていたにもかかわらず、最近までは特に好きでもありませんでした。でもこうしてヒンデミットの別の曲と続けて聴くと俄然COOLに聴こえてくるから不思議です。いまや大好物。

 「主題」となったウェーバーの原曲は主にピアノ連弾曲だそうで、それを聴いたわけではないんですけど、どうも相当デフォルメしまくっているように思えてなりません。ものものしい最新鋭ハイテク装備で完全武装されられたうえでジャジーなスウィングを強要されているウェーバー。これではまるでイジメのような。「シンフォニック・メタモルフォーシス」と付けれらた表題が、そのあたりを的確にあらわしているかのようです。

 さてスウィトナーが指揮するシュターツカペレ・ドレスデンの演奏で聴くと、ただでさえ楽しすぎるこの曲が圧倒的な魅力をもって輝きはじめ、このうえない耳のご馳走に。その最大の要因は切れ味するどい雄弁なティンパニ。これを中心としてオーケストラ全体のリズム感が際立っています。スウィトナーがカペレを指揮した「春の祭典」にもちょっと通ずることなんですが、この荒々しい躍動感と管弦楽の音色の対比がたまらない。スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデンの録音を集成した10枚組ボックス・セットでは、その両曲が続けて収録されてました。

CDジャケット

<比較盤>
サー・コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団
録音:1989年5月2〜6日 ヘルクレスザール、ミュンヘン
フィリップス(国内盤:マーキュリー・ミュージック・エンタテインメント PHCP9235)

 この曲は録音も多いのでいろいろ選べますけど、クーベリック指揮シカゴ響のマーキュリー盤は意外にラフな演奏、録音も(当時のマーキュリーの水準からすると)冴えません。要注意。むしろモノラルでよい演奏はフリッチャイ指揮ベルリンRIAS響のライヴ。「20世紀の不滅の大指揮者たち」シリーズに入っています。同じハンガリー系の指揮者のセル(SONY)やオーマンディ(EMI)の評判がいいようですが、すみません未聴です。新しめの録音だとブロムシュテット指揮サンフランシスコ響のデッカ盤がやはり優れています。バーンスタインやアバード(DG)も聴いてませんけど、ロンドン響を指揮したアバードの旧盤(デッカ)は覇気のみなぎる好演でした。この曲にもっともふさわしそうなシカゴ響の公式録音は残念ながら存在しないようで。

 さてここで比較盤として挙げたいのは、極上フィリップス・サウンドで楽しめるデイヴィス盤です。スウィトナーと比べるとノリはよくないながらもけっして悪い演奏ではないですし、CDがレーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」とカプリングしてあるのがミソ。似たような曲を組み合わせた企画がよいというわけではありません。いわば正統的な変奏曲であるレーガーと続けて聴くことで、ヒンデミットの過剰なデフォルメぶりがさらに強調されるのがおもしろいんですね。

 

■ 第5曲 ザ・ベスト・オブ・ヒンデミットを聴く

CDジャケット

ヒンデミット
交響的舞曲 (1937)
フィレンツ・フリッチャイ指揮ベルリンRIAS交響楽団
録音:1950年10月4日 イエス・キリスト教会、ベルリン(mono)
ドイツ・グラモフォン(輸入盤 474383-2)

 「ウェーバーの〜」とくれば最後は「画家マティス」なんでしょうが、あまり好きじゃないんで。それよりもこの「交響曲舞曲」ですよ。フリッチャイの9枚組ボックス・セットにおいて20世紀音楽を集めたCD6の中で、まっさきに気に入ったのがこの曲でした。抒情を排した旋律が無骨でヘヴィなリズムに乗ってウネウネした音型を成し、ブラス隊がカッコいいフレーズを撒き散らす。にぎやかな箇所では全楽器が延々と鳴りっぱなし。ちょっとあざといcoolさとほんのわずかなcheapさも、ヒンデミットならではの個性です。しかしこれでは一般ウケしにくいのもごもっとも。

 それでも第1曲はわりとメロディアスでゆったりした感じ。古風な舞曲のようです。とはいえ金管を中心に徐々に盛り上げて、最後はむりやり全合奏で終わるんですけど。第2曲は派手に始まるせわしない曲で、最初に聴いた「管弦楽のための協奏曲」に挟みこんでも違和感なさそう。と思ったら途中でいきなりバルトークかコダーイの緩徐楽章みたいになり、またやかましさが戻って全合奏で終了。続く第3曲はゆったりしたテンポの穏やかな曲、と思わせてやっぱりにぎやかになり、ラストに静かなエンディングが文字通り「とってつけたように」くっついています。終曲はものものしく開始されたあとよくわからない展開を繰りひろげますが、弦と金管が大げさに対話するあたりが最高。最後は全員一丸となって、圧倒するかのようなクドめのエンディングでようやくジ・エンドです。

 演奏の感想がぜんぜんありませんでしたけど、これだけ楽曲を楽しませてくれたのですから、最高の超名演に決まってます。説得力ありませんねえ。そういえばフリッチャイのバルトーク録音もすばらしいものでした。

 話を戻して、とにかくおもしろい曲です。随所に目立つ強引さと過剰さがなんともいえない滑稽味をかもし出す、愛すべき作品です。ヒンデミットの人となりまでよく調べていませんけど、かなりのユーモア・センスの持ち主だったんではないでしょうか。ミススペルされた自分の氏名の切抜きをきれいに並べて貼り付けた彼のノート――DGの自作自演ボックスのブックレットに写真を掲載――を見ると、几帳面な理屈っぽさとフシギな諧謔性とが両立したかれの作品そのものという印象。そして、彼の作風が変化する過渡期の作品らしいので、ヒンデミットの多彩な魅力が凝縮されているかのような曲です。ヒンデミット作品集を録音するときはこの曲をかならず収録するよう、国際法によって義務づけるべきでしょう。

CDジャケット

<比較盤>
パウル・ヒンデミット指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1954年3月23〜24日 イエス・キリスト教会、ベルリン(mono)
ドイツ・グラモフォン(輸入盤:474 770-2)

 などといいたくなるほどスタジオ録音が少ない。それでも、ベルリン・フィルとの自作自演集にはちゃんと入っています。先のフリッチャイ盤より本人盤のほうが後に録音されているというのも、なんだか妙な感じ。このセットに入っている「ウェーバー〜」はちょっともの足りない演奏でしたが、この曲はオケコンなみの名演だと思います。フリッチャイとここまで互角に勝負できるとは、指揮者としての力量のほどを示す好例なのか、自作曲だからこのくらいは当然なのか。

 そんなことより、CDの聴きくらべもいいけど実演を聴いてみたい。この曲に限らず、ヒンデミットのオーケストラ曲ならなんでも。没後50年アニヴァーサリー・イヤーの盛り上がりに期待しましょう。5年も先ですけど!

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2008年6月9日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記