ミュージック・フロム・アウター・スペース 〜 宇宙からの音楽
文:青木さん
「ツァラトゥストラかく語りき」 「惑星」
[1]リヒャルト・シュトラウス
交響詩「ツァラトゥストラかく語りき」Op.30
[2]ホルスト
組曲「惑星」Op.32
[3]ジョン・ウィリアムズ
「スター・ウォーズ」組曲 (スター・ウォーズのテーマ/王女レイアのテーマ/小人のジャワズ/酒場のバンド(*)/闘い/王座の間とエンド・タイトル)
[4]ジョン・ウィリアムズ
「未知との遭遇」組曲ズービン・メータ指揮ロスアンジェルス・フィルハーモニック
(*)ジュールズ・チェイキン指揮のジャズ・コンボ
ソロ・ヴァイオリン:デイヴィッド・フリッシーナ[1]
女声合唱:ロスアンジェルス・マスター・コラール[2]
録音:1968年5月[1]、1971年4月[2]、1977年12月[3,4] U.C.L.A.ロイス・ホール、ロスアンジェルス
プロデューサー:レイ・ミンシャル[1,3,4]、ジョン・モードラー[2]
エンジニア:ジェイムズ・ロック[1〜4]、ゴードン・パリー[1]、コリン・ムアフット[2]、マイケル・マイルズ[3,4]、サイモン・イードン[3,4]
デッカ(国内盤:キング KICC8473[1,3]、KICC8474[2,4])今回は、ズービン・メータが指揮する壮大華麗なオーケストラ曲で、遥かなる宇宙空間へとご招待いたします。表題の”Music from Outer Space”は、1977年11月20日に米カリフォルニア州ロスアンジェルスのハリウッド・ボウルで行われたメータ指揮ロス・フィルによるコンサートのタイトル。このときに演奏されたのが、上記2枚のCDに収録された4曲のうち「ツァラトゥストラかく語りき」「惑星」「スター・ウォーズ」だったそうです。「ツァラトゥストラ」は宇宙を題材にしたものではありませんが、すでに当時から宇宙モノへ仲間入りをしているのは、もちろん映画『2001年宇宙の旅』の影響でしょう。今年はその続編『2010』の年ということもあってこれらを「音の招待席」で採りあげるわけですが、音楽ではなくホンモノの「宇宙の旅」に招待してもらえるのはいったいいつのことになるのやら。
■ ツァラトゥストラかく語りき
今回の「ツァラ」と「惑星」、および「春の祭典」の3枚のアルバムは、いずれもレコード・アカデミー賞を受けており、わが国でもメータの出世作としてよく知られたもの。これらの楽曲にとっても初期の「名盤」でしたが、その後にメータ本人の再録音を含む競合盤が何十枚も出つくした現時点では、すっかり往年の(=過去の)名盤として殿堂入りを果たし現役を引退した感なきにしもあらず。もはやその価値は薄れてしまっているのか? その答えを考える上でポイントになるのは、比較の対象をどこに置くかということでしょう。他の録音や実演の記憶を脳内メモリーからなるべく締め出し、なにかと較べることなく演奏を味わうことだけを意識して聴いてみました。
まず「ツァラトゥストラかく語りき」。いろんな演奏で何十回も聴いてきたこの曲をこんなに楽しめたのは久しぶり。「わかりやすい」を通り越して「楽しい」のです。哲学的思索を題材にしているだけに難解なイメージがあり冒頭しか聴かない人も多いらしいこの作品、ワタシは以前からけっこう好きだったのですが、その理由の一つはリズミカルで沸きあがるように躍動的な箇所がいくつもあること。CDの解説書によると、この曲でシュトラウスの曲として初めて舞踏調を帯びたことにマックス・グラーフという人が注目したそうです。その側面をうまく浮き出させているのが、このメータ盤の特徴だと感じました。さらに全編を通じて独特の勢いというか推進力があり、フレッシュな印象がある。そういったことが楽しく聴けた要因だったのでしょう。録音の鮮烈さとあいまって、あたかもマーキュリー録音のドラティのようです。深刻さや重厚さを求めるなら別ですけど、この曲の入門盤として、あるいは聴き飽きた頃に重宝するリフレッシュ盤として、エヴァーグリーンな価値を持ち続ける録音だと改めて認識しました。
■ 惑星
「惑星」は、よりユニークな演奏。瑞々しさや爽快さは「ツァラ」と同傾向ながら、音響的には低音が強調され、アレグロの「火星」「木星」「天王星」ではグイグイと推進する演奏との間に不思議なコントラストを成しています。チューバやコントラバスがくっきり浮かび上がるサウンドは実におもしろいものですが、トランペットや打楽器類も含め全体的に分離重視でクローズアップ型の録音なので、不自然といえば不自然。こういう一面を捉えて「デッカの録音マジック」とか「実演ではありえない作為的サウンド」というおなじみの批判もできます。仮にそうだとしても、少なくともこの曲の場合、ちっとも悪いことだとは思いません。技術的に未熟だったり失敗した結果ではなく、こういう音響設計が意図的になされているとしか思えず、これはじっくり味わい楽しむべき録音芸術というべきでしょう。たとえばショルティ指揮コンセルトヘボウ管によるマーラーの交響曲第4番の録音ではホルンが突出していましたが、あれだって同じように楽しく聴けました。もっと自然ぽいサウンドであっても優等生的で無個性なつまらぬディスクより、音楽を聴く楽しさを与えてくれるこのメータ盤のほうが、ワタシにとってははるかに大切なCDです。
とはいえ両曲とも今となっては、演奏面でも音質面でも随所に粗さや甘さが感じられるのも事実。「古い録音とはそういうものだ」という前提が必要になっており、その意味ではやはり「往年の名盤」化していると言わざるを得ません。なにしろ録音から40年!たってるんですから。時間というものは残酷なものでございまス。
■ スター・ウォーズ & 未知との遭遇
「スター・ウォーズ」組曲は、90分ほどあるという映画用のスコアから作曲者自身が約30分の演奏会用に選・編曲したもので、前述のコンサートの成功を受けてメータがデッカにレコーディングを申し出て、LPのフィルアップ用に映画『未知との遭遇』の音楽を組曲化してもらった、という経緯が国内盤LP(SLA1160)の解説に書いてありました。ちなみにメータという指揮者は、楽曲をまず実演で採りあげ十分になじんだ上で一気に録音する主義だということを、ロス・フィル時代のあるインタビューで語っています。さらにちなみに、ここでいう映画『スター・ウォーズ』は1977年の第1作、正確には『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』のことですね。
この「スター・ウォーズ」組曲を、作曲者指揮ロンドン交響楽団によるサントラ盤、さらにメイン・タイトルだけですが同じく作曲者指揮ボストン・ポップスのフィリップス盤とくらべてみますと、これはもうメータ盤が圧倒的にすばらしい。メリハリが利いてキレがよく、ダイナミックかつ雄弁です。メータの「ツァラ」や「惑星」のわかりやすさを「まるで映画音楽のようだ」と批判する向きもありましたが、それは「ロス・フィル→ハリウッド→映画」という連想による先入観に曇らされたつまらぬ偏見に過ぎないということを、本物の映画音楽を遥かに凌駕しているこの演奏が如実に証明しているのである。と書くとコジツケめいてますが、当時はまだ慣れないサントラの仕事に苦労したであろうロンドン響のみならず、フィリップスが録音したボストン響でさえかなわないというのは、やはり指揮者メータの実力(及びデッカとの相性のよさ)を示しているのではないでしょうか。
12分半の「未知との遭遇」は、組曲と銘打たれているものの実際には単楽章の交響詩で、静的かつ細密的な現代音楽風の作品。この頃のメータはヴァレーズやシェーンベルクなどでもわかりやすく鮮やかな演奏を残していて、その流れで捉えることもできるでしょう。なおこの組曲には、地球人と宇宙人が音楽――電子音だと思わせながらその実はオーボエとチューバ――で対話する場面の曲や、エンドタイトル曲の中で急にリズミカルになる部分の曲は、入っていません。公開当時FMでよく聴いたのはその二曲だったのでその意味では残念ですが、「スター・ウォーズ」組曲のカプリングとして対比的な曲にするうえでは入れなくて正解という気もします。
メータはその後、当時の手兵ニューヨーク・フィルを使って実際の映画音楽を担当しました。ウディ・アレンの『マンハッタン』がそれで、「ラプソディー・イン・ブルー」をはじめとするガーシュウイン作品集となっています。
■ CDのこと
ジョン・ウィリアムズの2曲は、もともと一枚のLPを構成していたものです。それを分離し、LPでは一曲で一枚ずつだった「ツァラ」と「惑星」にそれぞれをカプリングした両CD。2枚並べると「宇宙モノ」で統一されて最初に触れた”Music from Outer Space”の演目になり、組み合わせとしてはしっくりきます。これらをそのまま二枚組にした「ダブル・デッカ」シリーズのCDもありましたが、個人的には国内盤LPのオリジナル・ジャケットに思い入れがあるので、キングレコード社のCDで揃えました。ツァラはともかくとして、惑星のほうはブルーのコンピュータ文字のタイポグラフィが黒地の写真によく映えて、曲想にもマッチした好ジャケットです。
ただこの組み合わせ、コンセプトはいいのですが実際に聴いておりますと、精妙な複調で消え入るように終わる「ツァラトゥストラ」のあとにジャーン!パカパパーン!とスター・ウォーズのテーマが始まるとギョッとしてしまい、実用上は不便。いちおう曲間を10秒ほど開けてくれてはいるんですけど。いまさら「ツァラ」だけのCDというわけにもいかないだろうし・・・というよりもこのメータの「ツァラ」、キングレコード社の手から離れたあとは「春の祭典」または「英雄の生涯」とカプリングされています。「スター・ウォーズ」は「惑星」のほうと組み合わされ、「未知との遭遇」の行き場がなくなっている。嘆かわしい事態といえましょう。1997年に「スター・ウォーズ」+「未知との遭遇」というオリジナルの形態で国内CD化されていますが、LPの銀ピカジャケットは再現されなかったようです。
あと、そのハルサイは正直イマイチで、この時期のメータならなんでも好きというワケではございません。そのへんの好みは人それぞれでしょうけど。
2010年5月18日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記