■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

2002〜2003 シーズンを振り返って
ムターさんのバイオリンを聴く

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バイオリン:アンネ・ゾフィー・ムター
ピアノ:ランバート・オーキス

2002年10月16日 午後8時〜
マサチューセッツ州ボストン、シンフォニー・ホール 

 フォーレの「バイオリンとピアノのためのソナタ」から始まるコンサートです。私はこの曲が木枯らしの舞う晩秋にぴったり来る曲だと感じていました。しかし、この曲に私が抱いていたおしゃれな甘いイメージは、すぐに打ち壊されてしまいました。ムターさんは第一楽章を、思い入れたっぷり、表情たっぷりにテンポを落として開始しましたが、そのバイオリンから出てくる音は決して甘美な音ではなく、どこか虚無的、寂寥感漂う音です。第二楽章もあまりビブラートをかけずに、あくまで歌わずに開始し、クライマックスになってようやく大きく歌うのですが、やはりどこか後ろ髪を引かれるような音楽にしています。第三楽章はややアップテンポな曲ですが、ここでも心弾むような音楽にはなりません。第四楽章になるとようやく曲自体の美しさに浸れる部分が多くなりました。こう書いていますと否定的な意見のようですが決してそうではなく、ムターさんのこの曲に対するイメージが自分とは違うのだろうと思います。なおピアノを弾くオーキスさんは上手く、特に弱音が綺麗な人でしたが、この曲ならもう少し前面にでてきてもいいのではと感じました。あくまで伴奏に尽くしていた感があります。

 続くブラームスの「ハンガリー舞曲」では、一転、図太いというか腰の据わった音を聞かせます。そしてまた幅広い表現力を使って、決して一本調子にはならない音楽を創ってゆきます。ただブラームスにイメージする、どこか侘しさとか、いじらしさといったものはありません。

 休憩を挟んでガーシュウィンの「ポーギーとベス」組曲です。第一曲から第三曲までは初めて聴く曲。第四曲は単独でも演奏される有名な曲ですが、もう少し遊悦感が欲しい気がします。

 クライスラーの小曲、「美しきロスマリン」、「ウィーン奇想曲」等はムターさんの幅広い表現力と合間って多いに楽しめる演奏でした。ただやはり今一歩突き抜けたものが欲しい気はします。

 数ヶ月前に結婚した、指揮者兼ピアニスト兼作曲家のアンドレ・プレヴィンさんの作品である「バイオリンとピアノのためのタンゴ・ソング・ダンス」は、今まで抑えてきたのが計算だったかのような生き生きとした演奏。第二楽章の美しさ、第三楽章のJAZZの用法も取り入れたスリリングな曲は初めて聴いても十分楽しめました。今日の白眉といっていいでしょう。

 ムターさんがカラヤンの秘蔵っ子として世にデビューした頃、よく言われていた表現が太陽のような眩しい明るいバイオリン。今日聴いた印象はずいぶん異なります。20年以上もの歳月が過ぎその芸風に著しい変化が生じたのでしょうか・・・

 アンコールは2曲、どちらもはじめて聴く曲でしたが、今日のテーマである「ソングとダンス」に矛盾しない軽快な曲であったと思います。ただいつも思うのですが、拍手が短くそっけないです。もっと拍手を続ければ、最低あと一曲は演奏してくれそうな雰囲気であっただけに悔やまれます。彼女の音楽に対する評価が厳しくてそうしている訳ではないと思うのですが・・・。それと以前も感じたことなのですが、このフリート・ボストン・シリーズは宣伝の仕方に問題があるのではないでしょうか。今回も6〜7割の客入り。世界でも有数なバイオリニストのコンサートだけに寂しいです。演奏中何度も空席の座席が倒される音がしたのも興をそがれます。

 最後に今回の座席は、セカンドバルコニーの正面二列目で大変よく見え、よく聞こえる席でした。しかし今回のバイオリン・リサイタルでは良く響くホールが仇となり、間接音が多く、音の粒立ちがはっきりしないもどかしさが残りました。オーケストラを聴くときには、こういったことはあまり感じたことがなかったのですが・・・。演奏に対するやや非難めいた印象はもしかするとそのせいもあるのかもしれません。


(2003年6月9日、岩崎さん)