■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

2002〜2003 シーズンを振り返って
ヤンソンスさんの圧倒的なショスタコービッチ

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 マリス・ヤンソンス指揮ピッツバーグ交響楽団

2002年11月17日 午後3時〜
マサチューセッツ州ボストン、シンフォニー・ホール

このコンサートでは本当に素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。ショスタコービッチは疑いもなく20世紀最高の作曲者の一人であると、わたしは考えており、最近はコンサートでも有名な交響曲第5番以外が取り上げられるようになったのは嬉しい限りです。わたしは彼が残した交響曲のうち特に8番と10番が大好きです。よって、一ヶ月ほど前にメインの曲目がショスタコービッチの交響曲第7番から第10番に変更されたこともわたしには問題になりませんでした。

その前にまず前半プログラムから。ロディオン・シチェドリンと言う名前は初めて聞きましたが、ロシアの方でショスタコービッチとも親交があったようです。現在もご存命で、本日の指揮者ヤンソンスさんと一緒によく仕事をして活躍しているとのことです。本日の曲は題名からもわかるとおりショスタコービッチを題材にしており、悲劇的な音色、絶叫する金管など、ショスタコービッチを彷彿させるものがありました。

続いてはアルマ・マーラーの歌曲です。メゾ・ソプラノの独唱を伴った美しい曲で、本日の独唱者ジェーン・イルウィンさんの素晴らしい歌声とともに聞き入ってしまいました。彼女の歌声はすべてを包み込むような優しさを持ち合わせており、いつまでのその中に浸っていたい気分にさせられました。もっと演奏されてもいい曲だと感じさせるほどでした。特に第二曲がすばらしかったです。

休憩を挟んでのショスタコービッチはそれを上回るすごい演奏でした。第一楽章冒頭から、ただならぬ雰囲気の響きで始まったのですが、やがて悲しい弦の響きがホールを満たし、時には激烈に盛り上がっていきました。最後にほんの少し優しい光が見えてきそうなところで第一楽章は終わりました。ここまでで、すでにこの演奏は聴衆の心を鷲づかみにしていたと思います。

第二楽章はスターリンを描いた物と言われています。ヤンソンスさんがそれを意識していたのかどうかはわかりませんが、凶暴な圧倒的パワーと有無を言わせぬ狂気が入り交じった音楽でした。思わず背筋が冷たくなるほどの演奏で、あっという間に終わってしまいました。

第三楽章は冒頭、不気味なワルツ風の音楽で開始されました。次に木管楽器による作曲者自身のテーマ(DSCH)が流れます。音楽がフォルテシモに達したところで金管の強奏が高らかに印象的なテーマを吹き鳴らします。このあと音楽はまた凶暴に、また身をよじるような響きを作りながらもりあがっていくですが、やはり最後は力無く息絶え絶えの自身のテーマを刻みつつ終わりました。

最終楽章はオーボエの心のこもったメロディーが印象に残る序奏のあと、やや早めの明るいテーマが登場します。ここでも音楽はやはり悲しみの色を強めながら盛り上がっていきました。その絶頂で、またもや自身のテーマを深々と聴衆の脳裏に焼き付けました。このあと音楽は急展開をみせ、奇妙な明るさを見せつつ圧倒的に盛り上がり、なだれ込むように終結しました。これがショスタコービッチの言う「強制された喜び」なのでしょうか。とにもかくにもすごい曲、すごい演奏でした。最後の音が消え終わらぬうちに圧倒的な拍手と「ブラボー」が巻き起こりました。ボストンでは珍しく何回ものカーテンコールで指揮者が呼び出されました。これだけの圧倒的な演奏であってみれば当然です。今日の聴衆はホールの約6割にもかかわらず、演奏のためか、終始緊張感が漂い、わたしも音楽に集中することが出来ました。

指揮者のヤンソンスさんはすごくエネルギーを感じさせる指揮でオーケストラをリードしていました。オーケストラに付いて来いとばかりにテンポを動かすところもありましたが、それがぴたりと決まっていました。指揮者とオーケストラの幸せな関係が伺えました。最後の終結部では飛び跳ねながら指揮し、オーケストラ、聴衆ともに興奮に導いていきました。

今日演奏したピッツバーグ交響楽団は本当に良く鳴るオーケストラだと思います。弦の響きの美しさはボストン響の方が上かもしれませんが、その訴えかける力にはすごいものを感じました。素晴らしいオーケストラだと思います。満員とは言い難いホールにもかかわらず、一致団結して熱い心のこもった演奏を繰り広げてくれました。もちろんそれには音楽監督であるヤンソンスさんの力によるところが大きいのでしょう。

 

《私のお気に入りCD》

ショスタコービッチ:交響曲第6番
ショスタコービッチ:交響曲第10番
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
Melodiya(BMG) 74321 25198 2 (輸入盤)

 ショスタコービッチといえばムラビンスキーと反射的に出てくるほど、ムラビンスキーさんはシュスタコービッチの作品に多くの名盤を残しました。この交響曲10番も例に漏れず恐ろしいまでの緊張感を保った演奏を残しています。決して良いとはいえない録音の向こうから鬼気迫る演奏が聴こえてきます。惜しむらくは当時のソビエト連邦がもっと大事にこの演奏を録っておいてくれたならということです。


(2003年6月19日、岩崎さん)