■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

チョン・キョンファさんニューヨーク・フィルに登場

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May 17, 2003 8:00 PM

Andre Previn, conductor
Mayumi Miyata, sho
Kyung-Wha Chung, violin
New York Philharmonic
Avery Fisher Hall
New York, NY

TAKEMITSU : Ceremonial (new York Premiere)
HENRI DUTILLEUX : Symphony No.2, "Le double"
BRAHMS : Violin Concerto

ついにチョン・キョンファさんの演奏を生で聴くことが出来ました。わたしにとって彼女はちょっと特別でした。わたしが大学に入った頃でしょうか。たしかロンドン(デッカ)で名盤100とかベスト100とか謳ったシリーズがでていたと思います。そのシリーズのCDを何枚か買ってタスキの端の応募券を送ると記念CDをプレゼントしてもらえるというあのシリーズです。わたしは青と赤のラインの入ったロンドンの背表紙が意味もなく好きで、他の背表紙が混じるとなんか居心地が悪く(例えばドイツグラモフォンの黄色い背表紙)、記念CD目当てもありそのシリーズばかり買っていました。今考えると本当にばかげたことだと思うのですが、当時はそれに快感を覚えていました。とにかくそのシリーズの中に彼女の演奏はありました。チャイコフスキーとメンデルスゾーンの協奏曲がカップリングされたCDか、シベリウスとブルッフの協奏曲がカップリングされたCDが先だったのか今ではもう忘れてしまいましたが、そのどちらかが彼女の演奏を聴いたはじめの一枚だったと思います。とにかくそれらの演奏にノックアウトされてしまった私は、彼女の演奏を集めるようになりました。たとえ背表紙が赤色に変わってもです(笑)。

日本にいるときには彼女のコンサートに行くことなんて考えも付きませんでしたが、アメリカに来て自分の時間が持てるようになり、私は当然のように彼女のコンサートを探しました。最初に見つけたのは昨年の夏です。場所はモントリオールとニューヨーク、両都市とも何とか車で行ける距離です。わたしは迷うことなく両方のコンサートのチケットを買いました。ところが事件が発生しました。彼女は昨年11月のモントリオールのコンサートをキャンセルしてしまったのです。わたしは彼女の居ない舞台をむなしい思いでみながら演奏を聴きました。よって今回の演奏会がわたしにとって本当に満を持してのコンサートとなったのです。こんな興奮状態で臨んだコンサートであるのでこれから、以下のわたしの彼女の演奏に対する感想は多少割り引いて読んでもらったほうがいいかもしれません。

以前ニューヨーク・フィルの演奏をエヴリ・フィッシャー・ホールで体験していたわたしは、このホールがあまり響かないホールであることを知っていました。そこで彼女の音を間近で一音も逃さないで聴くために最前列の席を取っていました。わたし達の席はちょうど指揮者右手のビオラ奏者の2列目の足元に当たりました。この位置からですとキョンファさんは少し指揮者の影になることがありますが大きな問題ではありません。

キョンファさんの登場です。一目見てわたしは面食らいました。彼女は上半身が赤色、下半身が黄色というハデハデのドレスをまとって現れたのです。しかし後になってみるとそれは彼女の燃えるような熱い演奏を示すものだと気づかされるのです。わたしは彼女のブラームスの協奏曲のCDをもちろん持っていますし、よく聴きます。しかしあえて言わせてもらえれば、若い頃の彼女と比較するとどうもきれいな演奏で(それももちろん悪くはないのですが)、危ういまでの突き詰め方がないような印象があったのは否めません。もちろん彼女は年を取りましたし、それを円熟と言うことも出来るのでしょう。

第一楽章。オーケストラの伴奏を待ちながら彼女の気持ちが高揚していくのがわかります。なんと言うか体操選手が演技する前に自分の気持ちを集中しているような感じです。彼女はすごい気迫でバイオリンを弾き始めました。それは荒々しいと言ってもいいほどのものでした。CDでの演奏とはまったく違います。CDのようなきれいな演奏ではまったくないんです。彼女は多少音色が荒くなろうとも委細かまわず猛進してゆきます。それに伴い彼女の体の動きも次第に熱をおびて、前後左右に大きくゆれます。それは激しいものでした。彼女の演奏も大変振幅が大きく、聴く者を自分のほうに巻き込んでしまうものでした。わたしはただただ呆然とそれを見て聴いていました。彼女の渾身の最後の一弾きとともに第一楽章が終了するやいなや拍手が起こりました(アメリカでは楽章間の拍手は決して珍しいことではないです)。いつもなら舌打ちしてしまうところですが、これだけ怒涛の興奮をさせる演奏をしてしまえば致し方ないことです。それにしても、これだけ没入して自分をさらけ出して演奏が出来ることはすごいことです。もちろん長年の付き合いのあるプレヴィンさん、そしてニューヨーク・フィルを信頼しているからこそできることでしょう。第二楽章、第三楽章も同様のスタイルでした。

第三楽章終了と同時に爆発するような拍手と「ブラボー!」が起こりました。たぶんこの会場に来ていたほとんどすべての聴衆が彼女の演奏に大満足して帰ったのではないでしょうか。ただわたしは少しだけ違っていました。もちろん今まで生で聴いたバイオリストの中でも彼女はすごいと思います。ですが、わたしは興奮するような演奏ではなく、もっと深い感動を彼女の演奏に求めていたのでした。今回は音というより見た目に圧倒されてしまったのかもしれませんが、わたしにはエンターテイメント的要素を強く感じる演奏に思えたのです。たぶん彼女に対する長年の想いが自分の中で彼女を神格化し彼女の実演の対し、あまりにも大きな期待を持っていたことも原因かもしれません。それは一種恋に近い感覚なのでしょうか。とにかくあれよあれよという間に終わってしまって、よく演奏を覚えていないのです。次の機会があれば、是非もう少し冷静な耳を持って聴いてみたいと思います。

順番が逆になりましたが、プログラム前半の武満とデュティユー(日本語表示はこれであっているのでしょうか?)の演奏についても言及したいと思います。武満の作品においては日本古来の楽器である"笙"がソロ楽器として使用されていました。笙というとよくお正月に神社でかかっているあの楽器ですね。わたしにはそのイメージしかなかったのですが、ソロ楽器として実際に聞いてみると不思議な音がしますね。神秘的といっても良いかもしれません。わたしは告白すると武満の作品をほとんど聴いたことはなかったのですが、この作品はどこか心落ち着くものがありました。ニューヨークの聴衆にはどう映ったのでしょうか。演奏終了後の拍手は残念ながらあくまでも儀礼的であった気がします。次のデュティユーもわたしはこの作品しか知りません。と言うか、この演奏会に備えてミュンシュ&フランス国立管での演奏を聴いたのが初めてです。CDで20回程度聴きましたがどうもなじめませんでした。しかし実演で聴くと良いですね。ちょうどわたしの目の前にクラリネット、オーボエ、トランペット、トロンボーンなどの首席奏者たちが指揮者を囲むように2列になって並びました。そしてかれらがさまざまなソロを聴かせてくれます。それらがとっても巧いんですね。それを見ているだけでも楽しかったです。しかし、やはりこの曲での主役はプレヴィンさんだったのでしょうね。この(わたしにとっては)難解な曲をわかりやすく示してくれたのですから。

プレヴィン、チョン親子、岩崎さん夫妻コンサート終了後楽屋を訪れました。かなり多くの韓国の方が来てました。日本人はわたし達だけだったようです。並んでいると指揮者のプレヴィンさんの方がキョンファさんを訪ねてきました。確かプレヴィンさんが若いときのキョンファさんを見出してくれたのでしたね。個人的にもとっても仲のいい様子でした。指揮者のプレヴィンさん、キョンファさんのお母さんも一緒になって写真をとらせていただいたのはいい思い出になりそうです。

《私のお気に入りCD》
CDジャケットシベリウス:バイオリン協奏曲
ブルッフ:バイオリン協奏曲第1番*
バイオリン演奏:チョン・キョンファ
アンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団
ルドルフ・ケンペ指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団*
LONDON POCL-5093(国内盤)

本来ならばキョンファさんのブラームスを紹介すべきですが、上記のように実演で聴いた印象とCDの印象が異なるため、やはりわたしの彼女の原点であるシベリウスにします(またシベリウスかと思われる方ごめんなさい)。ここでの彼女は吹っ切れていて危ういばかりの突き詰め方をします。こぶしが利いた熱い熱い演奏です。またこの演奏は彼女のアルバムデビュー曲で、今回の演奏会の指揮者でもあるプレヴィンさんとの幸福な出会いが刻み込まれています。もちろんケンペさんが指揮したブルッフも素晴らしいです。


(2003年5月26日、岩崎さん)