■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に■
2002-2003 シーズンを振り返って
凄い!マゼールさんのマーラー交響曲第2番《復活》
ロリン・マゼール指揮ニューヨーク・フィル
2003年6月21日 午後8時〜
ニューヨーク州ニューヨーク、エヴリ・フィッシャー・ホール
- アーロン・ジェイ・カーニス:シンプル・ソングス(ニューヨーク初演)
- マーラー:交響曲第2番《復活》
ジェシカ・ジョーンズ(ソプラノ)
コーネリア・カリッシュ(メゾソプラノ)
ニューヨーク・コーラル・アーティスツ(ジョセフ・フルマーフェルト合唱指揮)このコンサートをもって、私たちにとっての2002〜2003シーズンが終了しました(ニューヨーク・フィルにとっても今シーズン最後のコンサートです)。マーラーの交響曲第2番《復活》と、シーズン最後を飾るのにふさわしい大曲を聴くことになりました。実は、わたしは有名といわれる指揮者の中で、マゼールさんだけは日本で2回聴いたことがあります。告白すると、マゼールさんが特別に好きだったわけではありません。1995年当時、わたしは神戸に住んでいました。そこで忘れもしない阪神淡路大震災を体験したのでした。その後、被災者を励ます目的で様々な催しが行われました。そのなかにマゼールさんの演奏会が含まれていたのでした。地震後でまともなコンサートホールのなかった神戸に、マゼールさんは当時2回も来てくださいました。一回目は体育館、二回目は仮設のホールでのコンサートでした。オーケストラは確かバイエルン放送交響楽団(二回目は違う楽団かもしれません)だったと思います。今思えば、これがわたしにとって海外一流の指揮者&オーケストラを聴いた最初の機会でした。演奏は・・・実は曲目も含めあまりよく覚えていないのです。しかし、その当時、こんな環境の中で来てくださったマゼールさんと楽団の方に感謝いっぱいの気持ちで聴いていたことはよく覚えています。と言った訳で、マゼールさんの久しぶりの指揮姿と音楽を楽しみにしてこのコンサートに行ってまいりました。
まず一曲目はカーニスという作曲家のシンプル・ソングス。中編成の弦楽パートにフルート、オーボエ、ホルン、鉄琴、ハープ等が加わったオーケストラをバックにソプラノ・ソロが歌います。全体は5曲から成り、1曲目はマーラーの交響曲第4番第一楽章を思わせるやや快活なメルヘンチックな音楽、2曲目と5曲目がゆったりとした叙情的な大変美しい音楽。3曲目には現代音楽っぽい先鋭的な部分もありましたが、それがいいスパイスとなり音楽を平坦にしていなかったと思います。また鉄琴とハープが終始効果的に登場し、全体としておとぎ話のような楽しくも美しい音楽にしていました。
さて、休憩を挟んでマーラーの《復活》です。最初にこの演奏を一言で言うなら『凄い!』ということになります。何が『凄い!』のかというと、第一にマーラーの曲が凄い、第二にニューヨーク・フィルが凄い、最後に自分の表現を徹底したマゼールさんがとにかく凄いです。例によってCDで予習した後、このコンサートに臨みました。もちろんこの曲をライブで聴くのは初めてのことです。しかしライブを聴いて思ったのは、このマーラーの作った壮大な曲はとてもCDには収まりきらないなということでした。
第一楽章の最初、あの有名な弦合奏によるテーマをマゼールさんは速めのテンポで情け容赦のない強い意志をもって聴衆に示しました。最初の盛り上がりの後、一転テンポを落とし、ゆったりと歌いこんでいきます。マゼールさんは曲想に応じテンポを大胆に変え、自分の意思が通ってないところは1フレーズもないといった感じでした。圧巻だったのは第一楽章の終わりも近い展開部の最後と思われるところ、一番盛り上がるところです(直後に冒頭の主題が帰ってくるところです。演奏にもよるかと思いますが、CDの時間表示で15分前後のところ)。私もここを聴き所のひとつと考えていて、指揮者により様々な表現があると思いますが、マゼールさんのものは別次元でした。それまでも変幻自在に"マゼールの《復活》"を創っていったのですが、ここでマゼールさんは、オーケストラが止まるのではないかと思えるほどテンポを落とし、これでもか、これでもか、これでもか、これでもか、これでもか、これでもかっ!と1フレーズごとに区切り、阿鼻叫喚の途切れ途切れの断末魔の音楽にしていました。こんな衝撃は"チェリビダッケの《展覧会の絵》"の最後の無限に続くかと思われるクレッシェンドを聴いて以来です。第一楽章終了後、客席にざわめきともつかぬ波が広がったのは間違いなくこの衝撃的な演奏のためです。私も思わず横に座っていた妻に「あれはいったい何だったんだ。凄かったな〜。」と漏らしてしまいました。マゼールさんはそのためか、それとも楽譜の指示なのか、そこで一度指揮台を下り、客席のざわめきが静まった後も3分ほどの間を第二楽章の前に取りました。
(伊東注:マーラーのスコアには、第1楽章終了の個所に、「少なくとも5分以上の休憩を入れること」と記載があります。マゼールはこれを遵守したわけですね。なお、岩崎さんが「断末魔」を聴いたのは、展開部が終わるところで、「練習番号20」に当たります)
第二楽章は比較的普通でしたが、通常の意味での普通ではなく他の楽章に比較してという意味です。ここでも変幻自在にテンポを変え、濃い音楽を創りました。この楽章の終了後、ソプラノ、メゾソプラノのソリストが入場しました。第三楽章、最初のティンパニの強烈な一撃はソリスト入場で少し気が緩んだ聴衆の目を覚ますには凄まじすぎました。まさに、ここからはまた一線を画すといった感じで始まりました。第三楽章途中からソリストは立ち上がり自分の出番に備えます。途切れることなく第四楽章が始まりました。ソリストの声はやや憂いのある美しいもので、静謐な第四楽章に花を添えていました。そしてまた嵐のような響きとともに第五楽章が始まります。ここでもピアニシモからフォルテシモの振幅がとても大きく劇的な音楽を創っていくのですが、また、ひとつマゼールさんはやってくれました。この楽章の中間部、大太鼓とドラがピアニシモからフォルテシモまで一気に響かせるところがありますが、マゼールさんは聞こえないぐらいの小さな音からそれはもうゆっくりと時間をかけてクレッシェンドさせ、凄く悪魔的な感じを出していました。そして再び阿鼻叫喚の音楽が続いたあと、いったん静まり荘厳な合唱が加わってゆきます。この合唱が入っていくところは本当に感動的な音楽ですね。私は大好きです。合唱が加わってからはこの曲の目的地である最後の頂点に向かって粛々と進んでゆきました。最後は、客席両側バルコニーの金管別働隊、オルガンの壮麗な響きも加わり、それらが混じりあって一体となり、壮大なクライマックスを創っていく様は表現する言葉もないほど凄いものでした。
この"マゼールの《復活》"といってもいいほどの表現主義の塊のような演奏をなしとげたニューヨーク・フィルは凄いです。こんな表現をするためにはかなりのリハーサルを必要としたと思うのですが、その問題はどう解決したのでしょうね。それとブラス軍団には本当に驚きました。輝かしい音色でとてつもなくよく鳴ります。これが限界か、と思うとさらに上を行き、これで限界かと思うと軽々とその上を行ってしまいます。恐ろしい・・・。
最後に付け加えると、ライブならではと思える一回きりのすさまじい表現ではありましたが、正直深い感動というものはありませんでした。しかし、何回も言いますが、本当にしびれる凄い演奏であったのは間違いありません。実は一昨年、マズア&ニューヨーク・フィルのコンビを聴いたときには、あまりの期待はずれの演奏にがっかりし、もうニューヨーク・フィルはよほどのことがない限り聴かなくていいかなと思っていたところだったのです。しかし今日の演奏を聴いてまたニューヨーク・フィルが聴きたくなってしまいました。要注目だと思います。2003〜2004シーズンにはマーラーの5番と3番が予定されていますし、これはまたまた財布と妻に相談しなくてはいけなくなりそうです。
《私のお気に入りCD》
マーラー:交響曲第2番《復活》
ルート・ツィーザク(ソプラノ)
シャルロッテ・ヘレカント(アルト)
ヘルベルト・プロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団&合唱団
LONDON POCL- 1506/7(国内盤)上に書いたようにマゼールさんの《復活》は凄かったわけですが、あれはライブならではの一回限りの表現で、CDで繰り返し聴くにはかなりの神経を消耗しそうです(笑)。それでなくてもマーラーの交響曲はあまり気軽に聴けるものではありません。特に《復活》はそうだと思います。名盤として有名なバーンスタインさんの激烈な表現など聴く前にはそれなりの覚悟がいります(笑)。ところがわたしがこの曲を聴くときに、いつも何気なく手がいくCDがあります。それがこれです。といっても決して軽い演奏ではありません。素晴らしい録音も手伝ってマーラーの鮮やかな曲想がメリハリを伴って楽しめます。ところで紹介しておきながら無責任なのですが、このCDは今手元にありません。日本に置いてきてしまったのです(涙)。持ってこなくて後悔しているCDの一枚です。
(2003年6月27日、岩崎さん)