■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に■
聴衆のマナーについて
『25%』
これがいったい何の数字かと言いますと、昨年の10月から今年6月まで(つまり2002〜2003シーズン)に、わたしが行ったコンサートで、携帯の着信音、時計の時報など、何らかの電子アラーム音が演奏中に聞こえてきた頻度です。実際には28回のコンサートに行ったのですが、そのうち7回のコンサートでこういったことを経験したということです。もちろん、わたしはこんなことを記録するためにコンサートに行っているわけではありません。これはわたしが残しているコンサートの感想文にそのことが記載されていたり、記載していなくても強く(不快な)印象が残っているものを数えたものです。ですから実際にはもっと多かったのかもしれません。ちょっと驚くべき数字ではないでしょうか。4回コンサートに行けば1回はこういったことに遭遇してしまうのですから・・・。私たちも最近は慣れてきて(こんなことに慣れたくないのですが)、「魔の10時」とか呼んでいます。説明させていただくと、夜8時から始まるコンサートでは、9時頃はちょうど休憩時間のことが多く、10時頃が後半のプログラムで、もっとも盛りあがっている部分に当たることが多いのです。そんなとき、時計の時報と思われるアラーム音がホールの数カ所から時間差で聞こえてくることが多いのです。
こういったことに対して、ホール側はいったいどういった対策を採っているのでしょう。ボストンのシンフォニー・ホールにおいては、観客席入り口の看板で、そしてホール内では舞台両脇側壁に映写機で、携帯電話、およびアラーム音の出る機械のスイッチを切るよう注意書きがなされています。アメリカの他のホールにも行きましたが、大体どこもこんな感じです。日本のように放送とか係員の注意で、そういったことがなされているのを見たり聞いたりしたことはありません。
それでは演奏者達はこういったことが起こったときにどう対処するのでしょうか。たいていの奏者は何事もなかったかのように演奏を続けます。しかし時にはその方向を睨みつける強者(ニューヨーク・フィルの第一バイオリンの中の一奏者)も見たことがあります。また何事もなかったかのように演奏している奏者でも明らかに音に変化が現れてしまうケースもあります。バレンボイムさんがモーツァルトのピアノソナタの緩徐楽章を演奏していたときは、恐ろしいまでの名演がその一瞬に変化してしまいました。ブルックナーの交響曲第7番4楽章を演奏していて、その静かなパッセージの中で起こったときには、指揮していたマズアさんは、演奏終了後一度返礼に出てきた後、すぐにコンサートマスターをつれて舞台袖に引っ込み二度と返礼に現れませんでした。一曲目と二曲目のプログラムを入れ間違えて演奏してしまった最中に起こったパールマンさんの場合、「携帯電話で、プログラム間違っているよって教えてもらったよ。」とジョークで切り替えしていたのは本当に特殊な例です。
今年の二月、ニューヨーク市でこんな条例が可決されました。
『公演中の携帯電話使用禁止』
その条例によりますと、
- 「携帯電話で話す、ダイヤルする、通話を聞く、さらには公演中に1回着信音を鳴らすだけでも条例違反となり、罰金50ドルが課される。」
- 「条例は、コンサート、映画、演劇、講演、舞踊公演、博物館、図書館、画廊に適用される。スポーツイベントの会場および緊急の事態には、これまで通り携帯電話の使用が許可される。また、会場や施設のロビーで、あるいは演目の休憩時間に通話が認められる。」
- 「呼び出し音が鳴るポケベルを公演会場で使用することも、条例によって禁止される。」
となっています。
今回の条例制定に当たり問題提起を思いたったのは他でもない劇場主だったとのことです。さて、こんな当たり前のことを法律で定めないといけないほど酷かったことが伺えますが、これで本当にこういったことがなくなるのでしょうか。事実、5月のキョンファさんのコンサートでも派手に携帯の着信音が聞こえました。この条例はその後ボストンでも可決されたようですが、その効果は未だ不明です。
しかし、問題はこれだけではありません。最初に書いた数字は携帯の着信音など電子音に限ったことだけです。コンサート中に咳をする音、それを止めるためのものかアメの皮をむく音、これも結構悩みの種です。咳は生理的なものですから私は仕方ないと思います。わたしもどうしても咳が出るときがありますし、「止めろ」と言うことは出来ません。しかしもう少し周りの迷惑を考え、手で抑える等の音を小さくする努力をしても良いのではないかと思うのです。きっと大多数の人はそうしていると信じるのですが、ほんの一握りの心無い方は無遠慮にまるで演奏の邪魔をしたいのかと思えるほど大きな咳をします。またアメの皮をむくのもどうして演奏が始まってから鞄を開けガサガサとしなければならないのでしょう。もう少し演奏者そして周囲の人達のことを考えてもいいのじゃないでしょうか。
アメリカでは大学に資金が豊富にあるのか、時々大学が主催するコンサートにとんでもないビッグネームが登場することがあります。最近では3月にマサチューセッツ大学が所有するホールで聴いたゲルギエフ指揮キーロフ管でしょうか。そういったコンサートでは教育の一環でもあるのでしょう、学生がとても安い値段(例えばこのゲルギエフのコンサートはたった$5!!)でコンサートを聴くことが出来ます。これはたいへん素晴らしいことだと思います。
しかしです。私がよく遭遇するのが、この学生達、演奏中にレポートを書いているのです。コンサートのレポートだと私は信じていますが、結構音を立てて書くのです。わたしが神経質なのではありません。無造作にバラバラとレポート用紙をめくるのです。挙句の果てには隣の学生とおしゃべりを始めます。極めつけはお菓子やジュースを音を立てて飲んだり食べたりしている学生がいることです。わたしは小心者ですし、英語力にも自信がありませんので、後でコンサート責任者と思われる方にメールで訴えましたが、いまだ返事は来ません。しかし仮にも音楽教育を受けている学生(全部ではないでしょうが)ならばそんなことをいちいち教えられなくてもわかることだと思うのですが・・・わたしが常識と思っていることが彼らには常識ではないのでしょうか。
あと難しい問題が拍手と「ブラボー」です。早すぎるブラボーマンは日本ではよく問題になっているようですね。こちらでも興奮するような演奏の後よく自然に「ブラボー」が起こりますが、そのタイミングに特に違和感を覚えたことはないです(レーピンさんの時は例外です)。拍手はアメリカではかなり早いと感じることがよくありますが、演奏によってはそれもありだと思います。それより問題なのが各楽章間での拍手です。確かに良い演奏の後などは拍手をするのも理解できなくもないです。
しかし何も考えずに毎回やっている方も少なからずいるようです。また祝祭的な意味合いの強いコンサート(オープニングコンサート、タングルウッドでのコンサート等)に行った場合には、きっと初めて生で聴く人が多いからだと思うのですが、楽章間の拍手が起こる可能性が高いです。ただしタングルウッドなどの野外コンサートは子供も含め家族みんなで楽しめるコンサートとして催されているので、普通のホールでのコンサートとは少し事情がちがうと考えた方がいいですし、それが気になるという人には野外コンサートはお薦めできないかもしれません。ただ、タングルウッドでいつも悲しく思うのは最後の演奏が終わる前にバラバラと席を立ち帰る人が結構いることです。きっと帰りの渋滞を恐れてのことだとは想像できるのですが、演奏中に席を立つのはやはり演奏者に失礼だと思います。
次に写真撮影についてです。これはどちらかというと我々日本人の方がよく注意される問題ではないでしょうか。アメリカでは公共の施設内で写真撮影が許されている場所が多いです(テロ後変わってきているかもしれませんが、美術館、博物館内は撮影可のところが多いです)。ホール内も演奏中でなければ写真撮影可のところが多いようです。わたしもコンサートの前後などによく写真を撮ります。ただ撮影可であってもフラッシュは不可となっている場合がありますから一言係りの方に声をかけた方が無難だと思います。わたしが行った限りでは演奏中にフラッシュをたいて撮影していたのはタングルウッドでの小澤さんの最後の演奏会のみです。あのときは明らかに日本人と思える方々が大勢、しかも大型ズーム付きのカメラでバシャバシャと演奏中に撮影していたのは同じ日本人としてちょっと恥ずかしかったです。
愚痴みたいに長々と書き連ねてまいりましたが、やっぱり『良い音楽あるところに良い聴衆あり』そしてその逆もありだと思います。わたしは良い音楽を求めたい、出会いたいので最低限のマナーは守ろうと考えています。
(2003年8月1日、岩崎さん)
伊東からの注記
私は岩崎さんの論旨に全面的に共感します。さらに言えば、以下の点にもマナーを徹底させたいものです。
指揮の真似をしないでほしい
これはひどく気になります。指揮真似をしている人は気持がよさそうですが、困ります。特に隣の人がこれを始めると落ち着いてコンサートを聴けません。見ないようにしても目に入ります。ある日、通路際の席に座ったら前方に二人も指揮真似をする人がいて閉口しました。その近くにいた人はコンサートが台無しになったのではないでしょうか?
座席から腕を広げないでほしい
狭い座席に座っていて窮屈なのはお互い様です。同じ料金を払って座っているのですから、王様のように横柄に振る舞うのはやめてほしいです。せめて隣の人を気遣いながら腕を両脇に置いてほしいです。
(2003年8月1日、An die MusikクラシックCD試聴記)