■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に■
カーネギーホールでロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団を聴く 其の二
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団
2004年2月15日 午後2時〜
ニューヨーク、カーネギー・ホールモーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.511「ジュピター」
ブラームス:交響曲第1番ハ短調 作品68二日目は上記のプログラムです。両交響曲とも言うまでもなく名曲中の名曲です。私は特にブラームスの1番が好きで、その出会いはクラシック音楽を本格的に聴くようになった出会いでもあります。初めて聴いたのは高校の音楽の授業中でした。音楽の先生がベームの来日公演をビデオに録画していて、それを鑑賞したのが初めてでした。それまでもクラシック音楽は少しずつ聴いていましたが、その演奏に心打たれ、さらにのめりこんでいったのです。そして最初に買ったブラームスの同曲のCD、それが実はロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団の演奏でした。指揮はリッカルド・シャイー。真っ赤なバックに指揮棒を肩にかけ不敵に微笑むシャイーさんの姿がなんともかっこよく、今も目に焼きついています(笑)。そしてこの演奏を繰り返し聴き、私の同曲のスタンダードとなったのです。
まずはモーツァルトの「ジュピター」からです。これが私たち夫婦にとっては鬼門でした。確かに美しい響きが聴こえてくるのですが、音に求心力がなくどんどん音楽が流れていってしまう感じでした。正直退屈な演奏で、眠気を感じてしまったのです。言い訳ではありませんが、私たちの前に座っておられた方々も眠っておりました。
休憩後のブラームス、これは打って変わって名演でした。最初の音を聴いた瞬間から、かつて聴いたシャイー盤の思い出が鮮やかによみがえってきました。実際の演奏はそのCDよりもやや速いテンポに感じられましたが、オーケストラから聴こえてくる響きは同じです。私は序奏の最後の出てくるオーボエ、フルート、弦楽器と受け渡されるメロディーが結構好きなのですが、さらさらと流れることなく、そこだけでも惹きつけてしまうのはさすがだと思いました。第二楽章はしっとりとした上質の弦楽器の響きに、味のある管楽器が絡むのが素晴らしく、また、コンサートマスターのしっかりとした、なお且つ、滴るようなソロの音には痺れてしまいました。終わって欲しくなかったほどです。第三楽章は、またしてもどことなく愛嬌のある管楽器の音が何とものんびりした雰囲気を醸しだし良いです。第四楽章では有名な第一主題も良かったのですが、その前のホルンとフルートのソロに、より心動かされました。決して音量で勝負しているわけではありません。しかしその朗々と響く音は心を解放させ不覚にも泣けてきました。最後は煽り立てる演奏と言うわけではなかったですが、堂々とした終結部を聴かせて終わりました。
すさまじい拍手の後、アンコールとして、ベートーヴェンのエグモント序曲が演奏されました。これがまた名演で、二日間聴いたどの曲よりも低弦の音が分厚く印象的でした。長い長い拍手と返礼の後、指揮者と共にオーケストラの面々も舞台の袖へと消えてゆきました。こうして待ちに待ったカーネギーでのコンセルトへボウの演奏会は終わりを告げたのでした。
それにしてもコンセルトへボウの音の上質さには本当に驚きました。ティンパニ奏者(二日目は眼鏡をかけた短髪に短めの髭も生やした方)を始めとして、金管奏者などの一部は一日目と奏者が変わっていました。それにもかかわらず、誰が出てきてもコンセルトへボウの音を聴かせる事が出来るのもその実力を表しているのでしょう。そして、コンセルトヘボウは私の想像よりも、はるかに輝かしい音で、とてもよく鳴るオーケストラでした。こう書きますと、アメリカのオーケストラと同じような響きを持っているかと思うかもしれませんが、微妙に違います。もちろんすべてのオーケストラではありませんし、指揮者や曲目にもよりますが、アメリカのオーケストラは時として信じられない程とてもよく鳴り、外へ外へと響きが膨らみ、時には特定の楽器が突出して聞こえることもあります。しかしコンセルトヘボウはとてもよく鳴るオーケストラで、しかも、個々のパート・奏者がそれぞれ特徴有る音を出すにもかかわらず、響きの点ではもっと凝縮しているのではないかと感じられたのです。
この想像以上に輝かしく明るい響きを持ち、なおかつ、よく鳴るオーケストラと言う特徴ですが、よくよく考えてみると、その響きはまさに最近のシャイーさんとのマーラーの録音に聴ける響きだったことに気付きました。シャイーさんが就任して以来、コンセルトへボウの音は変わったとよく言われます。確かに、昔雑誌などでよく使われていた「燻し銀」と表現されるような響きは、今回のコンサートで私はまったく感じることは出来ませんでした。前音楽監督のハイティンクさんは「私の知っているへボウの音は失われてしまった」と言ったことがあるそうです。いったいどこが変化したのでしょうか。シャイーさんが就任して具体的に変わったこととして、コントラバスの運弓方が変わったと聞いたことがあります。以前のドイツ方からフランス方に変わったのだとか。確かに先日聴いたシュターツカペレ・ベルリンのコントラバス奏者たちは弓を下からすくい上げるように持っていましたが、コンセルトヘボウの奏者たちはチェロと同様上からかぶせるように持っていました。そしてシュターツカペレ・ベルリンのほうが低弦がより重く、その響きに力があったのは事実です。
当然、私自体は昔のコンセルトへボウの音を実際に聴いたことはなく、残された録音でしたそれをうかがい知ることは出来ません。加えて、その録音もシャイー時代になってからのもののほうが私のCD棚には圧倒的に多いのです。つまり、私にとっては昔の音は想像上の物でしかなく、今現在聴ける音がまさにロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団の音、響きであり、貴重で大事なものと感じられます。次に機会があれば是非、その響きでマーラーが聴いてみたいと強く願わずにはいられません。
《私のお気に入りのCD》
ブラームス
交響曲第1番ハ短調 作品68
大学祝典序曲ハ短調 作品80
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルへボウ管弦楽団
録音:1987年5月
DECCA(輸入盤 421395)上の本文にも書いてある私が初めて購入したブラームスの1番です。ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団のブラームスの1番としては『コンセルトへボウの名録音』にも紹介されているコンドラシン盤やベイヌム盤もありますが、ここでは現在のコンセルトへボウの音により近いこのCDを上げたいと思います。いろいろな演奏を聴いた後、このCDを聴くと確かに明るい演奏ですが、決して軽い演奏ではありません。それどころかブラームスの新たな一面も感じさせる演奏です。コンセルトへボウの素晴らしい響きも加え、長く愛せる演奏ではないかと思います。
(2004年2月23日、岩崎さん)