■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に■
オペラって素晴らしい! その一
メトで「ドン・ジョヴァンニ」を観劇する
■ ドン・ジョヴァンニ
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
ジェームズ・レヴァイン指揮 メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
- ドン・ジョヴァンニ:トーマス・ハンプソン(Br)
- レポレッロ:ルネ・パーペ(Bs)
- ドンナ・アンナ:アニヤ・ハルテロス(S)
- ドンナ・エルヴィーラ:クリスティーヌ・ゲルケ(S)
- ドン・オッターヴィオ:グレゴリー・テュレイ(T)
- ツェルリーナ:ヘイ・キュン・ホン(S)
- マゼット:イルダール・アブドラザコフ(Br)
- 騎士長:フィリップ・エンス(Bs)
演出:マルト・ケラー
2004年3月5日 午後8時〜
ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場最初にタイトルで、「オペラって素晴らしい!」と書きましたが、偉そうなことを書くことはできません。それどころかよくオペラを知っている人が読んだら、なんて馬鹿なことを言っているんだと思われるかもしれません。私自身がオペラを聴き始めてまだ一年のオペラ入門者で、今まさにいろいろなオペラを開拓し、その莫大なお宝の山に日々圧倒されながら、その魅力に目覚めている最中だからです(もっとも私の場合、このことはクラシック音楽全般にいえるわけですが・・・)。
私はアメリカに来るまでは、多分、この文章を読んでおられる多くの方と同じように、もっぱら自宅でステレオを前にして音楽鑑賞をしておりました。それもオーケストラ曲がメインで、オペラなど私には縁のない物だと思っておりました。オペラのCDといいますと、ご存知のとおり、たいていが2枚組以上で、分厚い歌詞の対訳がついてきます。クラシックを聴き始めたころは、その分厚い背表紙を見ただけで、何か異質な物、手に届かない物と感じておりました。また、ひがみかもしれませんが、(対訳があるとはいえ)言葉の意味も分らない金切り声を延々何時間も聴き続けるなんて拷問に近い!!というのが私のオペラに対するイメージだったのです。
昨年、最初にメトロポリタン・オペラ(以下メト)でオペラを観ようと思ったのも、単にミーハーな気持ちからで、日本ではウン万円もするメトのチケットが、こちらではまだ手の届く範囲内でしたので、話しの種に聴いておくのも悪くないかな、と言う軽い気持ちからでした。
初めてメトで観たオペラはプッチーニの「ラ・ボエーム」でした。それに完全にやられてしまいました。その音楽と歌と舞台のめくるめく美しき融合にしてやられました。次に観たヴェルディの「ラ・トラヴィアータ」での「乾杯の歌」や「マドリードの闘牛士」の場面の心躍る気持ちは忘れないでしょう。また、その悲しいストーリーにラスト5分は涙が止まりませんでした。最初に見たオペラがこれらの2作品であったことは私たちには幸運であったかもしれません。とにかく、こうして私たち夫婦はオペラにのめりこんでいったのです。
今回観てまいりましたモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」ですが、初めて自宅で映像を観た(聴いた)時はどこが良いのかよく分かりませんでした。正直言いまして、今でもよく分かっていないのかもしれません。お叱りを承知で言いますと、「ラ・ボエーム」や「ラ・トラヴィアータ」と比べると、一聴して耳を捉える歌はない様に思えましたし、モーツァルトの他のオペラ、「フィガロの結婚」や「魔笛」、「コシ・ファン・トゥッティ」のような楽しさもない様に感じました。しかしこれがモーツァルトのオペラの中で最高傑作という人は多いですし、もしかしたら実演で観ると(聴くと)感じ方が変わるかもしれないという期待もありました。
今回の私たちが観ました「ドン・ジョヴァンニ」は今シーズンのメトの新プロダクションのひとつとして話題にもなっているらしいです。しかし、私たちにはその舞台演出はちょっとインパクトに欠けるような気がしました。ステージの左右に3〜4枚の壁を配し、その位置の組み合わせによってシーンの設定を変えるわけですが、その単色の舞台はあまり代わり映えがせず、またせっかくのメトの広い舞台をあまり有効に使っているようには思えませんでした。鏡を使った演出はミュージカルの「オペラ座の怪人」をちょっと髣髴させ面白かったです。全体にシンプルで分かりやすい舞台とも言えますが、「ラ・ボエーム」や「ラ・トラヴィアータ」の舞台のような「あっ!」と息を呑むような華やかな演出を期待していった私たちにはちょっと肩すかしでした。
しかし、それぞれ個性的な役柄を演じる歌手陣は皆素晴らしかったです。トーマス・ハンプソンさんが演じるドン・ジョヴァンニはあまりあくの強さが感じられず、どちらかというと知性と上品さを感じさせるジョヴァンニでした。ある意味最も怖いジョヴァンニかもしれませんが、私の好みはもう少し小憎たらしいところがあるジョヴァンニです。この主役よりさらに印象に残ったのは実は脇役陣でした。迫力あるドンナ・エルヴィーラを演じたクリスティーヌ・ゲルケさん。かわいい声で男を手玉に取るツェルリーナを演じたヘイ・キュン・ホンさん。善人ぶっているけど実は自分のことしか考えていないようなドン・オッターヴィオを演じたグレゴリー・テュレイさん。情けなさそうに見えて実は一番賢いのではと思わせるレポレッロを演じたルネ・パーペさん等が生き生きと歌う姿がとても印象に残りました。
今回、優秀な歌手陣を観て(聴いて)感じたのはこの個性豊かな人間模様こそ、このオペラの魅力のひとつかもしれないということです。まだ多くの他のオペラを知っているわけではありませんが、こんなに多くの登場人物たちがそれぞれの個性を持って生き生きと描かれているオペラはそんなに多くないのではないでしょうか。一人一人の登場人物の心理に注目していくとなかなか奥が深い意味が隠されているかもしれません。
■ 私のお気に入りDVD
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
ニコラウス・アーノンクール指揮チューリッヒ歌劇場管弦楽団・合唱団
- ドン・ジョヴァンニ:ロドニー・ギルフリー(Br)
- レポレッロ:ラズロ・ポルガール(Bs)
- ドンナ・アンナ:イザベル・レイ(S)
- ドンナ・エルヴィーラ:チェチーリア・バルトリ(Ms)
- ドン・オッターヴィオ:ロベルト・サッカ(T)
- ツェルリーナ:リリアーナ・ニキテアヌ(S)
- マゼット:オリヴァー・ウィドマー(Br)
- 騎士長:マッティ・サルミネン(Bs)
演出:ユルゲン・フリム
ARTHAUS MUSIK (海外盤 100 329)今回のメトで実演を観るにあたり、DVD・ビデオ3種、CD3種を聴いて(観て)みました。その中で総合的に(視覚効果だけでなく音楽的にも)一番しっくりきたのが上記のDVDです。ラストの終わり方など洒落ていますし、実演を観たあと、改めて見てみますと考えさせられるものがあります。
2004年4月20日、岩崎さん