■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に■
リンカーン・センターについて
昨年、初めてニューヨーク・フィルを聴きに行くことを決めたとき、恥ずかしながら私はカーネギー・ホールがニューヨーク・フィルの本拠地だと信じ込んでいました。よって、それがエヴリフィッシャー・ホールだと知ったとき驚いたとともに、「どこにあるの、それ?!」と言うのが正直な感想でした。驚きはそれで終わりませんでした。ガイドブックで調べてみるとエヴリフィッシャー・ホールはメトロポリタン・オペラ、ニューヨーク・シティー・オペラ、ジュリアード音楽院などを含む、リンカーン・センターと呼ばれるニューヨークの芸術の中心ともいえる総合センターの一部であることが判明したのでした(知らなかったのはもしかして私だけ・・・)。皆さんご存知だとは思いますが、ジュリアード音楽院は現在世界各国で活躍する著名な音楽家を多く輩出していることでその名が知られています。また当時オペラに興味がなかった私もメトロポリタン・オペラの名はその舞台の豪華絢爛ぶりを話しには伺っておりました。
リンカーン・センターはマンハッタンのセントラルパークの西側南方に位置し、ブロードウェイとコロンバス・ストリート(9番街)が交差する付近の広大な土地を占めています。その建設には総工費1億700万ドルが費やされ完成には15年かかったそうです。その費用のほとんどが一般からの寄付だといいますから、ニューヨーカー達の舞台芸術への理解はすごいもんですね。
初めてリンカーン・センターを訪れたときの感動と驚きは今も忘れません。中央に噴水のある広場を囲んで右からエヴリフィッシャー・ホール、メトロポリタン・オペラ、ニューヨーク・シティー・オペラとコの字型に並んだ建築物は壮観で誰もが圧倒されてしまうと思います。
メトロポリタン・オペラ
建物正面中央外壁に巨大な星条旗を掲げ、ロビーは一階から最上階まで吹き抜け、その両側には音楽をテーマとした巨大なシャガールの壁画が二枚(右は青色を基調、左は赤色を基調としています)かかっています。赤絨毯と巨大なシャンデリアを備え豪華絢爛さを全面に押し出したこの場所は、アメリカ音楽芸術の頂点を感じさせるものです。休憩時間(回数は上演される作品によりますが、時間は30分程度)になるとタキシードやドレスで着飾った人たちが大勢現れ、サロンでワインやシャンパンを傾け歓談している様子が見受けられます。こうした光景を見るとオペラ鑑賞が現在も華やかな社交場であることが理解できます。
五つのバルコニーを持つホール内も贅が尽くされています。天井中心に大きなシャンデリアがありますが、その周囲の小さなシャンデリアは幕が上がる前にスルスルと天井近くに上がっていくのにまず驚かされます。また前方の席の背もたれに字幕(当然英語!!)を表示するパネルが一人一人の席に設置されており、オリジナルの言語を解さない私たちには大いに助かります。
現在このメトロポリタン・オペラをを仕切っているのがボストン響の音楽監督にも就任するジェームズ・レヴァインさんです。メトを振ってもう31年にもなるそうで、オーケストラとは阿吽の呼吸でしょう。そして首席客演指揮者が世界を股にかけるゲルギエフさんとなっています。
アメリカに来るまではまったくオペラに興味がなかった私ですが、昨年メトで《ラ・ボエーム》や《椿姫》を観て以来オペラの魅力にとりつかれました。その豪華で分かりやすい古典的な舞台演出もオペラ初心者である私にはピッタリだったのかもしれません。今シーズンもフレミングの歌うゲルギエフ指揮の《椿姫》や、同じくゲルギエフ指揮の《サロメ》、ドミンゴが歌うレヴァイン指揮の《ヴァルキューレ》(リング・サイクルの一環)など楽しみな舞台がいっぱいあり、事情(妻)の許す限り観てみたいと思います。
エヴリフィッシャー・ホール
メトロポリタン歌劇場に向かって右手がエイヴリフィッシャー・ホールです。白い何本もの近代的な円柱に囲まれた姿はギリシャ神殿を思わせます。現在、アメリカで最古の歴史を持つニューヨーク・フィルの本拠地です。内部はボストンのシンフォニー・ホールに比べるとかなり近代的で、ホール自体も一回り大きいようです。
ところで、皆さんご存知の通り、ニューヨーク・フィルがその本拠地を数年後にカーネーギー・ホールに移すと言うことが今年(2003年)6月に発表されました。当初、エヴリフィッシャー・ホールが完成する前はカーネギー・ホールを本拠地として使用していましたので、40年ぶりにカーネギーに戻ることになるそうです。
その原因として挙げられているのがエヴリフィッシャー・ホールの音響の悪さです。確かに初めてこのホールでコンサートを聴いた際にはその乾いたあまり響かない音響に驚いた記憶があります。しかし昨シーズンの最後に聴いたマーラーでは、そんなことを感じさせない素晴らしい演奏会でした。結局はそこで実際に鳴っている演奏によるところも大きいのだと思います。
また一つ気がかりなのはホールが変わってオーケストラの響きがどう変わってしまうかと言うことです。今のニューヨーク・フィルはかつてのシカゴ響に比肩するほど金管セクションが充実していますが、それはこの音響の悪いエヴリフィッシャー・ホールの影響もあるのではないかと思うからです。音響の悪さを物ともせずパーンと見事に最後方座席まで輝かしく響き渡る金管群、それがよく響き渡るカーネギー・ホールではどのように変化していくか興味津々です。昨シーズンから音楽監督に就任したマゼールさんと共に今後どのような道を歩むのか目が離せません。
ニューヨーク・シティー・オペラ
メトロポリタン歌劇場に向かって左手、エヴリフィッシャー・ホールの対面がニューヨーク・シティー・オペラの建物です。メトロポリタン・オペラほどの世界的な知名度はありませんが、メトにはない革新的な舞台演出が行われたり、またこれからが伸び盛りの若手の歌手が登場することでも知られています。この舞台から世界のスターダムにのし上がっていった歌手達も少なくないということです。4月から7月にかけてはニューヨーク・シティー・バレーの舞台にもなります。残念ながら私はまだその舞台に接したことはないのですが機会があれば見てみたいと思います。
(2003年9月27日、岩崎さん)
合併がご破算に!(2003年10月8日追記)
上記しましたニューヨーク・フィルのカーネギー・ホールへの移転・合併話ですが、ご破算になったようです。
今年(2003年)の6月にニューヨーク・フィルがカーネギー・ホールへ移転、組織としても合併する計画が電撃的に発表されました。それから約4ヶ月後、ご破算になったと言うニュースも唐突に伝えられました。当初、双方ともにメリットのあるように報じられていたこの合併話ですが、実際にはトップだけの合意で、具体的には何も決まっていなかったようです。現実に話し合ってみると、ニューヨーク・フィルとリンカーン・センターとの契約問題、ニューヨーク・フィルと今までカーネギーを定期的に使用していた他のオーケストラ(ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ボストン響、フィラデルフィア管等)とのコンサート日程の兼ね合い、もし他のオーケストラに他会場に移ってもらう場合その場所をどう確保するか等、問題が山積みで話し合いは紛糾してしまったようです。結局、多くの問題に解決のめどが立たないとのことで、この話自体を白紙にすることで落ち着いたみたいです。
自分を振った相手が戻ってくることになったリンカーン・センターですが、ご破算を聞いて諸手の喜びようです。現在までニューヨーク・フィルの要請に応えてエヴリフィッシャー・ホールの音響改善のため莫大なお金を費やしてきた(それでもまだまだ改善の余地があるようですが・・・)リンカーン・センターとしてはニューヨーク・フィルを訴えることまで考えていたようなので、まずはホッとしている事でしょう。
トップに振り回された現場の人たちはさぞかし大変だったでしょうが(どこかの日本の球団みたいですね・・・むっ!!これは危ない領域でしたでしょうか)、オーケストラの団員こそ、この問題に一喜一憂させられたのではないでしょうか。オーケストラの音とその本拠地としているホールの音響効果との因果関係は良く言われていることですから・・・。どちらのホールがニューヨーク・フィルにとって幸運だったのかは私には分かりません。今回の一件で余計にクローズアップされてしまった感のあるエヴリフィッシャー・ホールの音響効果の悪さですが、演奏が良いならば、そういったことも感じさせないのは体験済みです。私は今の個性あるニューヨーク・フィルの音を育てたとも言えるエヴリフィッシャー・ホールに残ることになり、実は良かったのではないかとさえ思っています。リンカーン・センターにしても今後も音響改善を引き続き目指していくみたいですし、これからもお互いを補い素晴らしい音楽作りを目指して欲しいと願います。