■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

音楽って楽しい!そしてもちろん素晴らしい。
ノリントンさんに教えられたこと。

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サー・ロジャー・ノリントン指揮セント・ルークス管弦楽団

2004年4月13日 午後7時〜
ニューハンプシャー州ハノーバー、ホプキンス・センター

オール・シューベルト・プログラム
序曲「ロザムンデ」
歌曲

  • 「馭者クロノスに」(オーケストラ編曲;ブラームス)
  • 「ひめごと」(オーケストラ編曲;ブラームス)
  • 「涙の雨」(オーケストラ編曲;ウェーベルン)
  • 「ます」(オーケストラ編曲;ブリテン)
  • 「彼女の肖像」(オーケストラ編曲;ウェーベルン)
  • 「音楽に寄せて」(オーケストラ編曲;ブリテン)

交響曲第9番ハ長調 D.944 「グレイト」

 

私の妻が「世捨て人」と呼ぶ指揮者ノリントンさんが我が町にやってきました。今回でノリントンさんの指揮するコンサートに行くのは3回目になります。と言っても、特別なファンと言うわけではありません。しかし、過去のコンサートの体験から、何か面白いことをやってくれるのではないかと言う期待感を持って出かけました。

序曲「ロザムンデ」は、現在手元にそれを含むCDがなく、本当に久しぶりに聴きました。歌曲は正直言いまして、初めて聴く物ばかりでした。知っていたのは「鱒」ぐらいです。伊東様にこんなことを告白すると怒られるかもしれませんが、「An die Musik」も初めて聴きました。素晴らしい曲ですね。伊東様がタイトルに選ばれたのが分かる気がします。

交響曲第9番「グレイト」は音楽を演奏者と聴衆が共有することが楽しくて素晴らしいことである、と言うことを私達に再認識させました。正直に言ってノリントンさんとセント・ルークス管の演奏は普通ではありません。カーネギー・ホールで聴いたラトルさんとベルリン・フィルの演奏に匹敵するエキセントリックな演奏でした。しかし同じエキセントリックな演奏でもそこから受け取る印象はまったく違いました。ラトルさんの演奏が曲を細かく分解し、自分の優れた手腕を見せ付けるショウピースにしてしまったかのような印象があったのに対し、ノリントンさんの演奏はとにかく楽しく面白く、自分ではなく聴衆に奉仕した音楽作りといった印象です。そして今回気付いた事ですが、その源はみんなに音楽を聴いてほしい、そしてみんなで音楽を共有したいという思いにあるような気がします。

第一楽章から聴いていて楽しくて仕方がありません。お尻がムズムズする感覚と言ったら分って貰えるでしょうか。オーケストラの配置もこの楽しい演奏に貢献しています。両翼配置は当然なのですが、オーケストラ最後方指揮者正面にトロンボーン奏者が三人並び、その両側にベースが二人ずつ並びます。その横ステージ左手にホルン、右手にティンパニを挟んでトランペットが並んでいます。第三楽章にはそのトランペットとホルンが舞台左右から楽しい掛け合いを見せてくれました。

どうしてこんなに楽しい演奏になったのでしょう。ノリントンさんが聴衆を楽しませるように演奏していることはもちろんですが、奏者も本当に楽しそうに演奏しているからです。トロンボーンのトップ奏者の方は自分が吹かないときも常に体をゆすりノリノリで吹いていました。何人かの弦パートの方は弓のないところまで引いてやるんだと言う気概が感じられました。

もうひとつ印象的な出来事がありました。第一楽章が終わると数人が拍手を始めました。これだけ素晴らしい演奏なら当然かもしれません。私も一瞬拍手したい衝動に駆られましたが、思いとどまりました。そして拍手している人を見て、仕方がないなとも思っていました。拍手していた人も周りの拍手しない人の視線を感じたのか、直ぐにやめました。それを舞台から見ていたノリントンさんは怪訝な顔をして一言言いました。「Why not?」 会場はかすかな歓声と共に今度は大きな拍手に包まれました。今度は私も含め会場のほとんどの人が拍手をしていました。私は拍手しながら、心の中で先に拍手していた人を少しでも責めた自分の事を恥じていました。ノリントンさんは満足そうに何度もうなずき第二楽章に移ったのでした。

第四楽章では楽しいだけではなく自然に涙が出ました。自分でも驚いてしまいました。ノリントンさんの偉大なところは、これだけ聴衆を楽しませ聴衆に寄り添った演奏をしながらも決して作曲家の書いた曲自体からも離れず感動的な演奏を成し遂げたことだと思います。会場を去る際、周りを見渡していますと、どの聴衆も幸せそうに笑みを浮かべながら帰っていく姿がそれを証明していました。もし、ノリントンさんが皆様の近くの町に演奏に訪れた際は、実際に会場に聴きに出かけることを強くお薦めしたいと思います。

 

2004年7月31日、岩崎さん