■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

若手有望指揮者パッパーノさんをボストン響で聴く

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アントニオ・パッパーノ指揮 ボストン交響楽団

2004年1月22日 午後8時〜
ボストン、シンフォニー・ホール 

ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」
ベルク:バイオリン協奏曲(バイオリン:ギル・シャハム)
ショスタコービッチ:交響曲第10番 ホ短調 作品93

私は不勉強のためパッパーノさんの名前は最近まで知らなかったのですが、インターネットで調べてみますと、将来を嘱望される若手の有望株(まだ40代前半)であることが分かります。それらの情報によりますと、1959年イタリア人の両親の元、ロンドンで生まれています(先頃、シュターツカペレ・ドレスデンの音楽監督への就任が発表されたファビオ・ルイージさんと同じ歳ですね)。アメリカに渡った後、ピアノ、作曲、指揮を学び、バイロイトでバレンボイムさんのアシスタント等を経験します。デビューは1987年オスロ国立オペラにて「ラ・ボエーム」だったとのこと。その後、同歌劇場の音楽監督となり、めきめきと頭角を現し、32歳の時にベルギーのモネ劇場の音楽監督に就任(現在大野和士さんがその地位にあります)、その職を10年間務めました。そして2002年からはコヴェントガーデン・ロイヤル歌劇場の音楽監督に就任しています。当初からオペラに特別な愛着を示していたとのことで、歌劇場の音楽監督として着実にキャリアを築き上げ、オペラを振ったCDも発売されています。そう言われてみて自分のCD棚を見てみますと、先日アウトレットで手に入れた「トスカ」全曲盤のCDが彼の指揮であることが分かりました。オペラ初心者の私としては安く全集が手に入るので喜んで買ったのですが、その溌剌とした演奏ぶりが気に入っているCDです。そのパッパーノさんが、今回ボストン響に2回目の客演を果たすというので、実際に自分の耳で確かめてみようと思い、聴きに行って参りました。

曲目はドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、ベルクのバイオリン協奏曲、ショスタコービッチの交響曲第10番となかなか興味深い組み合わせです。死に関連した2曲を中心にしたプログラムとのこと。一つはベルクのバイオリン協奏曲(ベルクと親交のあったマノンという娘の死に関連して作曲、副題が「或る天使の思い出のために」となっています)、もう一つはショスタコービッチの交響曲第10番(スターリンの死に関連して作曲)です。

舞台を見てみると先週の対抗配置から通常ボストン響が採っている近代配置に戻っています。また今日のコンサートマスターの席には、いつもの方ではなくコンサートミストレスとして初めて顔を見る方が座っておられました。

さて、指揮者の登場です。こちらが勝手にイメージしていたより小柄な方が控えめに現れました。それがパッパーノさんでした。指揮棒は持たずに指揮されるようです。最初のフルートの出は奏者に任しているようで振りません。しかしその後は、その小柄な体型を全く感じさせない指揮ぶりでした。両腕を肩から指先まで鞭のように柔らかくしなりながら指揮する姿は美しく、久しぶりの魅せる指揮に目が離せませんでした。フルートの方を初めとする木管パートの音も美しく音楽に花を添えました。弦パートも悪くないのですが、ボストン響の調子のいい時に聴かれる美しくも儚い響きは最後まで出ずじまいでした。

続いてはベルクのバイオリン協奏曲。恥をさらして申しますと、ベルクやシェーンベルク、ウェーベルンと言った新ウィーン楽派と言われる作曲家の曲は私にとってほとんど領域外で、普段全く聴いておりません。そんな中、唯一の例外がこのバイオリン協奏曲です。自分で進んで 聴くことはないものの、聴けばそれなりに心打たれることはあります。さて、演奏です。ソリストのギル・シャハムさんはとにかく指のよく回る人ですね。曲が曲だけに終始暗めの押さえた響きでしたが、いざという時にはホールをつんざくような音も響かせていました。指揮者とオーケストラの間のわずかなスペースをいっぱいに使って弾く姿も印象的でした。最後の長く延ばすバイオリンの一音を聴いた時には思わずジーンと来てしまいました。

さて、指揮者パッパーノさんが本領を発揮したのは、後半のプログラムのショスタコービッチに入ってからです。その身振りの大きい指揮は音楽を生き生きと躍動させ、表現の幅がとても大きくなります。ボストン響からこんなに充実した芯のある響きを聞いたのは久しぶりのような気がします。木管パートが素晴らしいのはもちろん、金管パートがいつもは聴けない、腹に響く音を出してくれます。弦楽器群もいつもの透明感ある美しい音とは多少異なりますが、「ガッ」とくる重心の低い音が聴けました。ムラビンスキーのような鋭利な背筋が寒くなるような恐ろしい響きとは異なりますが、その剛毅で筋肉質な音楽造りは確実に聴衆の心を(もちろん私の心も)掴んでいくようでした。

第二楽章はCDも含め今まで聴いた最速の演奏。最初、思いの他、弱い音で出たので、あれっと思いきや、瞬く間に音量とスピードを上げ、唸りを上げ飛ぶように演奏してゆきました。しかもコントロールはばっちりと行き届きメリハリがすごいんです。金管、小太鼓、ティンパニもこれ以上はないくらい鮮烈に決まりました。手に汗握る演奏とはこういう演奏を言うのでしょう。

第三、第四楽章も同様に自由自在のテンポと、強弱、バランスによってメリハリを付けた味の濃い音楽が展開されました。ピッチカート一つをとっても細かい表情付けが生き、聴き手を飽きさせません。第一楽章最初から全力疾走でしたが、最後まで弛緩することなくオーケストラを乗せきり、剛毅な響きを作り出したパッパーノさんの技量には感心することしきりです。こんな方にボストン響も将来音楽監督になってもらったらいいのに、などと要らぬ心配をしてしまいました。

と言うわけで、昨日の大興奮から一夜明けて、感想を書いてみたわけですが、やはりすごい指揮者だと思います。ただ一点、昨日よりは確実に感動の量が減り、印象が少なくなっています。もちろんこれは一般的に起こるわけですが、その感動が長く続く演奏も希にあります。私はここに、この指揮者のこれからの課題があるような気がします。それはその類い希に見る多彩な表現力を使って、聴き手に何を訴えたいのか、と言うことです。とにかく指揮者としてはまだまだ若いわけですから、これからさらにどう飛翔していくのか、その足跡を追っていくのが楽しみです。

《私のお気に入りのCD》

プッチーニ:歌劇「トスカ」
アントニオ・パッパーノ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団
アンジェラ・ゲオルギュー(ソプラノ)、ロベルト・アラーニャ(テノール)、ルゲッロ・ライモンディ(バス)
EMI (輸入盤 724 5 57173 2 0)

パッパーノさんの私の持っている唯一のCDです。まだまだCDの数も少なく、それもオペラが中心なのでなかなか聴く機会は少ないですが、これからの活躍の期待も込めてこのCDを上げたいと思います。今をときめく歌手陣も聴き所が多いですし(特にゲオルギューは熱演だと思います)、オーケストラの溌剌とした生命力豊かなこの演奏、しばらくは私にとって、このオペラの基準となりそうです。


(2004年1月26日、岩崎さん)