ショスタコーヴィチの交響曲第10番を聴く(後編)

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CDジャケット

ショスタコーヴィチ
交響曲第10番ホ短調作品93
カラヤン指揮ベルリンフィル
録音:1981年
DG(国内盤 F35G 50172)

 ショスタコーヴィチの交響曲第10番が有名かどうかはよく分からないが、カラヤンがデジタル初期に録音したこのCDは大変有名だと思う。なぜ有名かといえば、カラヤンが録音したショスタコーヴィチの交響曲がこれ1曲だからである。なぜ15曲もある交響曲の中でこの10番だけなのか、これが謎である。どうして5番や7、8番でなかったのか。またなぜ13番や14番や15番ではなかったのか。かりにカラヤンが4番を指揮していたらどんな演奏になったか興味津々なのだが。

 この10番が選ばれたのは、おそらく、カラヤンの美学を反映させやすかったからではないかと私は考えている。確かにこの曲は「スターリンの肖像」を含む問題作なのだろうが、問題度でいえば、4番や13、14番の方が強烈である。しかし、音響面を見れば、この10番はそうした曲をしのいでいる。政治的なエピソードを払拭すれば、この10番は音響的に最も演奏のし甲斐があったのではないかと思われる。

 事実、カラヤンはこのCDの中で、磨き抜かれたベルリンフィルの機能美を鮮やかに披露している。ショスタコーヴィチらしい暗さはあるが、本当にかっこよくキマッテいる。スタイル的にはもうゴージャスとしか言いようがない。そうなると、当然ロシア臭くない。第2楽章の「スターリンの肖像」でも、あまりスターリンらしくない。そうした政治的な要因から全く遠いところで演奏が行われているような気がする。このCDの最大の価値はおそらくそこにあるのだ。カラヤン唯一のショスタコーヴィチという以上に、政治的な注釈から自由な演奏なのである。前編で取り上げたスクロヴァチェフスキーでさえもここまで割り切って演奏はしなかったのではないだろうか。

 カラヤンという人は冷たささえ感じさせる美音を徹底的に聴かせたために、それだけの人のような印象をつい持ってしまいがちだが、たとえ美音だけだとしても(もちろんそれだけではないが)、ここまで徹底すれば、超一流だ。何の注釈もなしに楽しめる演奏を後世に残すことをカラヤンは目指していたのかもしれない。例えば20年後、このCDはやはり名盤の評価を得ていると私は確信している。ベルリンフィルという最高の機能集団を使って成し遂げた究極の快楽演奏を楽しめるからである。カラヤンはかなり未来志向だったのかもしれない。

 なお、カラヤンにとってこのCDは再録音にあたるという。旧盤は1966年に録音されている。私が最初に聴いたショスタコーヴィチの10番はカラヤンの旧盤らしいのである。「らしい」というのは、高校生の私が聴いていたのはカラヤンのタコ10であることは間違いないのだが、時期的にみてデジタルによる再録音のわけがない。しかも、FMをエアー・チェックしたテープだった。不思議なことは、その旧録音が話題になることがほとんどないことだ。どうしてなのだろうか? 私はもう一度聴き返したいと思っているのだが、店頭でも見かけたことがない。廃盤になったのか? それは新録音の評価が圧倒的に高いからだろうか? 奇妙なことだ。デジタル録音によるCDが発売された時、私は昔テープで聴いた演奏との差異がほとんど分からなかった。もともと完成度が高かったからといえるが、今となっては比較のしようがない。カラヤンのCDならば、古い録音といえども、それだけで市場価値があると思うのだが。

 

 

 

 ところで、カラヤンの演奏と違って、全くゴージャスでないCDもご紹介しておこう。ムラヴィンスキーのCDではない。作曲の翌年にコンヴィチュニーがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管を指揮したCDである。

CDジャケット

ショスタコーヴィチ
交響曲第10番ホ短調作品93
コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
録音:1954年
BERLIN Classics(輸入盤 0090422BC)

 これは結構イケテイルと思う。録音時期が時期だけにモノラル録音だが、あまりに強烈な演奏のため、並のステレオ録音盤より聴感上のインパクトが強い。オケの響きは冷たく、厳しく、激しい。指揮者は燃えている。コンヴィチュニーは質実剛健な指揮者で、良い意味での伝統を重んじる指揮者だったらしいが、ショスタコーヴィチ演奏に伝統はない。完全に同時代の音楽だから当たり前だ。伝統がなければ、思いきり全力投球して伝統をかたち作るしかないのである。この録音はそんな意気込みが随所に現れる激情的なものとなった。この演奏を聴いて、コンヴィチュニーを再認識することもできるだろう。同時代の音楽を演奏する際は古典の演奏とはやや違うのだなと思い知らされる。カラヤンのアプローチが物足りないという人には絶好の演奏であると思う。オケの調子もよい。私はこのCDを聴いてコンヴィチュニーとゲヴァントハウス管がいっそう好きになった。

 なお、これは2枚組CDで、2枚目にはコンヴィチュニーがシュターツカペレ・ドレスデンを指揮したショスタコーヴィチの交響曲第11番が収録されている。これは珍しい取り合わせだ。いずれ「シュターツカペレ・ドレスデンのページ」で取りあげることもあるだろう。

 

2000年2月14日、An die MusikクラシックCD試聴記