お堅くないバッハを聴く

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 バッハ。この名前を聞くと、どうも堅くなる。そんな人は私だけだろうか。バッハほど名前の重みがあるのは、ほかにベートーヴェンくらいか。バッハ、ベートーヴェンという名前を見ただけで「ああ、お堅いクラシックだ!」と、私でさえ思う。クラシック音楽を別に好きでもない人にしてみれば、バッハやベートーヴェンなど、一生関わりたくもないに違いない。そんな人でも、このバッハを聴けば、少しはバッハのイメージが変わるかもしれない。

CDジャケット

バッハ
ブランデンブルク協奏曲第4,5,6番
マックス・ポンマー指揮ライプツィヒ新バッハ合奏団
録音:1984年
Capriccio(輸入盤 10 042)

 まず最初に告白すると、このCDを買ったのは偶然からではない。このブランデンブルク協奏曲でブロックフレーテを吹いているのが、エッカート・ハウプトだったからだ。私はシュターツカペレ・ドレスデンの首席フルーティストである彼の録音を調べているうちに、このCDに出くわしたのである。したがって、このCDを「シュターツカペレ・ドレスデンのページ」に入れることも可能なのだが、やはり問題がある。演奏している団体ライプツィヒ新バッハ合奏団(Neues Bachisches Collegium Musicum Leipzig)が、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管を母体としているためである(だから、バイオリンのトップはあのカール・ズスケだ)。

 ライプツィヒはバッハがトーマス・カントールを務めたバッハゆかりの地であるから、演奏にもそれなりの伝統があるのだろう。が、その伝統なるものがこのような形で結実するのであれば、伝統とは何とすばらしいことであることか。音楽はみずみずしく、明るく、流麗に流れる。ブランデンブルク協奏曲第4番が始まった途端、陽の光が差し込んできたときのような明るさを感じずにはおれない。ブロックフレーテが大活躍するこの曲は、ハウプトとグトルン・ヤーン(Gudrun Jahn)が見事な掛け合いを演じており、それだけでも必聴である。

 実は、このCDの魅力は、ハウプトのブロックフレーテにある。この印象は何度聴き返しても変わらなかった。別に贔屓の引き倒しでこんなことを書いているわけではない。私はハウプトのCDはどれもすばらしいと思うが、ブランデンブルク協奏曲は特にすばらしいと思う。少なくとも、このCDを聴けば、ハウプトの笛が演奏に多大な活気、生気を与えているのは誰でも分かるだろう。ハウプトさん、干からびたようなバッハとは無縁なようだ。きっとハウプトさん自身が最高に楽しんで演奏したのではないだろうか。

 ブランデンブルク協奏曲は、バッハの大作で、かつ名曲といわれているが、その名声とは裏腹になかなか満足できる演奏に出会わない。CD市場には、学究的な演奏は少なからずあるようだ。だが、私は音楽学者ではないし、音楽評論家でもない。ただの音楽ファンなので楽しければよい。逆に、楽しくなれないようなCDなら、聴きたくもない。このCDは、注文のうるさい私を満足させるに十分で、私はバッハがこのCDのように清冽に演奏されるのであれば大歓迎だ。録音されたのは、1984年。東ドイツはもちろん共産主義体制下である。このような演奏が西側でなく、東側で行われ、録音されたというのはまさに歴史の皮肉といわざるを得ない。音楽的には、壁の崩壊で失われてしまったものが多いのかもしれない。

 ハウプトが登場するのはブランデンブルク協奏曲の中では、4番、5番及び2番である。4番、5番は上記CDに収録されており、これは惚れ惚れするような音色を聴かせてくれる大名盤だ。2番については下記CDに収録されている。念のために紹介しておこう。

CDジャケット

バッハ
ブランデンブルク協奏曲第1,2,3番
マックス・ポンマー指揮ライプツィヒ新バッハ合奏団
録音:1984年
Capriccio(輸入盤 10 041)

 ライプツィヒ新バッハ合奏団には、必ずしもゲヴァントハウス管のメンバーだけが参加しているわけでないことは、上記CDでハウプトがブロックフレーテを演奏していることでも分かる。さらに、こちらのCDの第1曲、ブランデンブルク協奏曲第1番でトランペットを吹くのは、御大ルートヴィッヒ・ギュトラーとシュターツカペレ・ドレスデンの首席トランペッター、クルト・ザンダウ(Kurt Sandau)である。ライプツィヒとドレスデンは隣同士だし、録音当時は壁が厳然として存在した。旧東ドイツの枠内で名手を集めようとすれば必然的にそうならざるを得ないのだろうが、今考えれば豪華極まりない顔合わせだ。何と贅沢なCDであろうか。

 残念なことに、このCDはマイナーである。旧東ドイツの録音など、現代ではお呼びでないのだろうか。市場価値と全く別なところに演奏の価値があると思うのだが。Capriccioは本当に宣伝が足りない。名盤をたくさん抱えているのだから、マーケティング活動をしっかりやればもっと売れると思うのだが...。

 

2000年3月29日、An die MusikクラシックCD試聴記