久元祐子さんのセンスのよいCD
先頃、ピアニストで、ネット上でも大活躍、著作活動にも余念がない久元祐子さんのCDが発売されました。
ベートーヴェン
ピアノ・ソナタ第24番 嬰ヘ長調 作品78「テレーゼ」
アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 Woo.57
ゲレルトの詩による6つの歌曲 作品48
ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 作品53「ワルトシュタイン」
バガテル「エリーゼのために」イ短調 Woo.59
ピアノ:久元祐子、バス:戸山俊樹
録音:2000年6月2,3日、和光市
ALM RECORDS(国内盤 ALCD-9021)久元裕子さんと言えば、モーツァルトの著述まであるので、ベートーヴェンの録音をされたというニュースは意外でした。しかも、ベートーヴェン中期の傑作が中心です。「ワルトシュタイン」など、最も男性的な音楽ですから、私は「久元さんにはあまり向かないかな?」などと考えてしまいました。が、このCDを聴くと、いかに私が浅はかであったか痛感されます。久元さんのピアノはとてもみずみずしいのですが、力強さも十分あります。何曲である「ワルトシュタイン」でも、第3楽章の出だしなど大変大きな拡がりを感じさせますし、終結部にあるグリッサンドもわけなく弾きこなしておられます。とても立派なベートーヴェンでした。
さて、このCDをもっと詳しくチェックしてみましょう。実にセンスよくできた傑作CDなのです。よいところを列挙いたしますと....。
演奏そのものがよい
まず、「ワルトシュタイン」をはじめ、演奏そのものを楽しめることです。最初から聴いていって、微妙なテンポの移ろいを見せる終曲「エリーゼのために」まで、じっくり聴かせます。
選曲とその配列がよい
さらに、選曲とその配列がすばらしいことです。第1曲が「テレーゼ」、終曲が「エリーゼのために」となっていますが、「エリーゼのために」は本来「テレーゼのために」と呼ばれるべき作品です。事実上、「テレーゼ」で始まり、「テレーゼ」で終わるのです。一方、第2曲の「アンダンテ・ファヴォリ」は、元来「ワルトシュタイン」ソナタの第2楽章として作曲されています。非常に関連が深い曲同士ですね。そして真ん中には「ゲレルトの詩による6つの歌曲」が来ます。CDの構成は、この歌曲を中心にしてシンメトリックになっているのです。凝っていますねえ。
それだけではありません。このCDは、最初から最後までをきちんと通して聴くようにできています。ベートーヴェンの3大ピアノ・ソナタを続けて聴かせる、よくありがちなCDと異なり、久元さんはあたかもひとつのコンサートを作るようにして曲を配列しているのです。コンサートは「テレーゼ」ソナタから「アンダンテ・ファヴォリ」までが第1部、第2部には歌い手が登場し、ピアニストが伴奏に回ります。ここでグッと趣向を変えて聴衆へサービスするんですね。ピアニストのCDに声楽曲が入るのは珍しいですが、こうしたコンサートがあれば確かに楽しいはずです。第3部はメインプログラムの「ワルトシュタイン」。拍手喝采があってアンコールには「エリーゼのために」となるわけです。どうです? 実に心憎い作りだと思いませんか?
ピアノの音と録音がよい
録音に際して久元さんが選んだピアノは、スタンウェイではなく、ベーゼンドルファー・インペリアルです。私はベーゼンドルファーの柔らかく、深みのある音が大好きです(かつてグルダが愛用していましたね。グルダは「ゴロウィンの森の物語」やベートーヴェンのピアノソナタ第32番<PHILIPS>をこのピアノで収録しています)。しかも、録音スタッフは、その音をとても自然なバランスで収録しています。かなりの大音量で聴いても、まろやかなサウンドで、歪みがない、優れた録音になっていると思います。
これは本当にセンスの良いCDです。多分久元さんとプロデューサーが一緒に企画したCDなのだと思いますが、こうしたCDが増えてくれば、クラシックのCDもヲタクな音楽ファンだけではなく、もっと普通の音楽ファンに聴かれるようになると思うのですが。いかがでしょうか。
2000年12月22日、An die MusikクラシックCD試聴記