ミレニアム企画 アバド・ケンペのベートーヴェン交響曲全集を聴く

交響曲第7番 イ長調 作品92

ホームページ WHAT'S NEW? CD試聴記 「アバド・ケンペ」のインデックス


 
 

 アバド盤

CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲第7番 イ長調 作品92
アバド指揮ベルリンフィル
録音:1999年12月、フィルハーモニー

 私の記憶では、アバドのデビュー盤はこのベートーヴェンの交響曲第7番だったはずだ(ウィーンフィル、DECCA、66年録音)。アバドは欧州楽壇のメインストリームを歩いてきた人だから、このようなレパートリーを持っていても不思議ではない。が、デビュー盤ともなると話は簡単ではない。デビュー盤の曲には、それなりの自負があったと思われる。残念ながら私はそのベト7を聴いていないのだが、多分この最新盤と似たところが多いのではないかと思っている。

 というのも、この最新盤、全然年寄り臭くないのである。やりようによっては、「俺はベルリンフィルを手にした大指揮者なんだから」と、いかにも巨匠然とした重い演奏をすることもできたはずである。が、アバドはここで晴朗で若々しいベートーヴェンを作りだしている。極めつけは第4楽章だ。異常なほどアップテンポで、しかもオケを急かしながら演奏している。煽っているのではなく、急かしているのである。「もっと前に、もっと前に!」とアバドの指揮棒が宙を舞っているのが容易に想像される。最初聴いたときは、「何もそんなに急がせなくてもいいのに...」と私は思ったが、スピーカーに向き合ってじっくり聴くと、この演奏はとても面白い。アバドがベルリンフィルという楽器の限界を試しているようなのだ。リズムの切れ味は極めて鋭く、重くなることはない。アバドはリズムだけではなく、響きも絶対に重くならないようにオケのバランスを作りだしている。もともとアバドの新ベートーヴェン全集は分厚い響きを排除しているのだが、強烈なビートを刻むアバドの棒にベルリンフィルは完全に対応、結果的には響きが凝縮され、重さを伴わないまま、高密度の低音が創り出されている(ん?通じるかな?)。このような第4楽章の演奏はとても珍しい。多分この楽章の演奏は評価・好悪が大きく分かれるところだろうが、現時点におけるアバドの結論なのであろう。私は十分評価してあげたいと思う。

 なお、それまでの3楽章も、重量感から開放された演奏で、リズムとダイナミズムを強烈に打ち出している。1933年生まれで、70才近い老人となっているアバドの、実に若々しいベートーヴェンである。

 

■ ケンペ盤

CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲第7番 イ長調 作品92
ケンペ指揮ミュンヘンフィル
録音:1971年12月20日〜23日

 ワーグナーが「舞踏の聖化」と評したために、この交響曲は1にも2にもリズミックな音楽であり、クラシック界のロックンロールのように思われている節がある。が、私にとってベト7とは最も重厚な交響曲のひとつである。この曲は、楽器編成の点では通常の2管編成を取っていて、特殊楽器は使われていない。弦楽器の編成も特に大きくはなく、取りたてて変わっていると言えば、第2楽章でチェロが2部に分かれることくらいか。金管楽器はトランペットとホルンだけで、トロンボーンとチューバは使われていない。にもかかわらず、ベートーヴェンのオーケストレーションはここへ来てよりいっそう冴え渡っている。これだけ単純な楽器編成であっても、音符が重層的に響くように書かれているので、オケは猛烈に重厚な響きを産み出せる。最小の人員で最重量級の演奏を可能ならしめたベートーヴェンの傑作なのである。その重厚さに、躍動するリズム感が加わったのがこの曲と言えるのではないか。

 上記アバド盤は、そうした私のベト7観をあざ笑うように録音された。「馬鹿のひとつ覚えで、似たようなタイプの演奏を聴いていたって面白くないだろ。ほら、こんな演奏はどうだい?」とアバドは語りかけてくる。ケンペはどうなのか?

 ケンペは質実剛健、伝統的なスタイルで、重量級の演奏を聴かせてくれる。それも聴き手の期待を裏切らない超重量級の響きだ。全編が重戦車の突進を思わせる。その迫力はまさに比類がない。しかも鈍重な演奏に陥ることなく、鋭いリズムも確保している。それがさらに迫力を増幅させる仕組みになっているので、第4楽章は巨大かつ熱狂的な盛り上がりをみせる。私はドキドキしながら聴いてしまった。ケンペの演奏を聴いていて、体中の血が騒ぎ出した。

 ところで、ケンペ盤は単に重厚なのではない。木管楽器の音色が匂い立つほど甘美なので特筆しておきたい。EMIの録音スタッフはミュンヘンフィルの演奏にある程度のお化粧を施しているのかもしれないが、オーボエをはじめ、この上ない魅力的な音を堪能できる。とても劣悪な環境における録音とは思えないほど適度な残響成分を含む艶やかな音である。ケンペ盤は、ミュンヘンフィルという地方オケの魅力が100%発揮された名演奏・名録音と言ってよいと思う。

 

参考盤

 

 ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン盤をどうぞ。詳細はこちらです。

 

(2001年1月24日、An die MusikクラシックCD試聴記)