ブロムシュテットのベートーヴェン交響曲第7番を聴く
スシ桃さん特別寄稿

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 私のお師匠様、スシ桃さんからブロムシュテットのベト7に関する投稿を頂きました。カペレ研究に余念のないスシ桃さんですが、カペレヲタク向けにではなく、一般のクラシックファンがその良さをきちんと理解できるように書いておられます。ぜひご覧下さい。

 

 

CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲第7番イ長調作品92
録音:1975年2月
交響曲第8番ヘ長調作品93
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン
BERLIN Classics(輸入盤 0021982BC

 

 ブロムシュテットはベートーヴェンの第7交響曲が大好きなのだろう。私も何度も生演奏に接している。2002年2月のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との来日公演でも演奏する予定である。しかし、ただ単に好きなだけでなく、自他ともに認める得意な曲なのである。

 それを証明するのに充分な演奏をブロムシュテットはカペレと残している。70年代後半に録音されたベートーヴェン交響曲全集の中でも、7番は圧倒的な素晴らしさなのである。

 「本当か? 数ある名盤案内でもこの演奏はまったく触れられていないぞ」という声が聞こえてきそうだ。この演奏は一聴しただけでは凄さが伝わりにくいのだろう。とくに1〜3楽章は。しかし、終楽章を聴いてなんとも思わない人がいるとはとても思えない

 では順を追って演奏の特徴を記していこう。

 ブロムシュテットは明らかに全曲を通しての音量設定やテンポ設計を行っている。そのため1楽章からアクセル全開で進めることを避けている。主部を平均よりやや遅めのテンポで悠然と進めていく。この楽章の基本リズムである「タッタラ・タッタラ」にもそれほどアクセントをつけていないうえ、展開部頂点でもオーケストラの音量を全開させない。カルロス・クライバーの演奏に較べれば刺激が少ないことは認めざるをえない。

 それではこのような解釈に対し、70年代のカペレはどのように応えているのだろうか。戦後最高の状態を有していた当時のカペレであるから、余裕綽々なのである。主部の入りからヴィヴラートを多めにかけた音で木管パートをぐいぐい引っ張るフルート(カペレ好きなら名前がすぐに思い浮かぶだろう)、指揮者がそのようにくるなら弱音の凄みを聞かせてやろうと、てぐすね引いて待っているティンパニ、序奏で見事な上昇音型を披露するセカンドヴァイオリンなどなど。当時の猛者たちの凄さに感じ入るばかりである。ティンパニが聞かせる弱音の見事さの例として再現部のオーボエ上昇音型直後からの(315小節あたり)ppでの「タッタラ・タッタラ」を挙げておこう。

 2楽章に関しては、このサイトの常連のおひとりで、実際にアマチュアオーケストラでオーボエを演奏されている「シュターツかぶれ」さんが某所で書かれた素晴らしい指摘を読んでいただきたい。もちろん「シュターツかぶれ」さんもカペレを愛することに関しては人後に落ちることのないかたである。以下ご本人の許可をいただいて引用させていただく。

 「ブロムシュテットのベートーヴェン7番第2楽章後半でFlとObが2本で対旋律を吹くところもFlなど苦しいはずで、ほぼ同テンポをとるクーベリック盤におけるヴィーン・フィルはきっちり4小節フレーズですが、彼らは6小節や8小節フレーズでやっているかのごとくブレスの間隔が長いですね。カペレのFl奏者はおしなべて息が深い、のではないでしょうか?

 実際に演奏されていらっしゃるかたならでは、という鋭い指摘である。この部分は、第2主題提示が終わり弦→金管・打楽器→木管の順に「ジャンジャン」と鳴った後、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンだけが絡み合う部分の直前まで、木管が中心となって進んでいく、スコアでいえば150〜183小節のあたりである。実に興味深いところであり、両オケのさまざまな録音を聴き比べたくなってしまうではないか。

 しかし競馬にたとえればまだ向こう正面あたりである。そろそろ第3コーナーにさしかかってきた。第3楽章はそれでもまだまだ後方待機、手綱を引いたままである。ここでは名人ぞろいの木管セクションの妙技を楽しもう。トリオにおいて、そろそろ金管やティンパニがうごめきだしてきたようだ。

 そして終楽章。ついにブロムシュテットが手綱を解き放ち、悍馬カペレ号が直線に向いてスパート体勢に入った。彼の解釈はここを目指して設計していたものだったのである。この演奏はどんなに言葉を尽くしても決して語りきれるものではないのだが、少しでもこの演奏のイメージに近づいてみよう。

 オケの音が急に精彩を放ちはじめるのである。心なしか録音まで良くなった気がする。テンポはやや速めであるが速すぎて細部が聴き取れないほどではない。第1楽章では提示部の繰り返しを行っていなかったが、ここでは提示部を繰り返して演奏時間は9分2秒である。聴いていて「これ以外にはない」と感じさせてくれる理想のテンポだ。

 ここで大活躍するのはホルンである。1楽章提示部でも主題がffで奏される際、壮大な音を聞かせてくれたが、ここでのホルンの高音強奏はまるで音の柱である。古代ギリシャ遺跡に残る神殿の柱を想起してしまったほどだ。ティンパニも思う存分の活躍である。皮張りの楽器にやや固めのバチを使い芯のある響きで全体のアクセントをつけていく。カペレ好きにはお馴染みの音だが、それにしても凄い。もうひとつ注目すべきは第2ヴァイオリンである。1楽章でも触れたが、カペレのセカンドヴァイオリンは本当に強力だ。提示部を締める部分での湧き上がるような弾きぶりや、のちに触れるコーダでの活躍はぜひとも聴いていただきたい。

 おそらく終楽章はほとんど編集していないのではないかと思う。展開部冒頭でトランペットがミスをしているが、それを編集で直すよりも一気呵成の勢いを生かそうとしたのではないか。それほどライブの高揚感に満ちている。

 コーダに入れば、世界で一番有機的なオーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデンここにあり!という演奏の最良の見本が聴かれる。どのパートも音色が統一されており、弦楽器の受け渡しが実にスムースである。第2ヴァイオリンがまったく第1ヴァイオリンに聞き劣りしない。普段は決して必要以上に重くならない低弦がうなりをあげてオケを支える。そして弦の掛け合いの末、オケ全体のffに至るのである。体全体が浮き上がりそうなドライブ感である。また、どれほど強奏しても決して音が汚くならず、ブレンド感を保つカペレの美点も聴くことができる。ここでもホルンとティンパニに聞きほれてしまう。この音はほかのオケではけっして聴くことができない。茫然自失となって聴き終わるしかない演奏だ。彼らにも会心の演奏だったことだろう。私などは数回聴き直さないと気がおさまらないほどである

 これでもこの演奏の魅力の一部分しか伝わらないに違いないが、カペレ好きでないかたにもきっと納得していただける演奏だと思う。事実、このCDには隠れファンが多いようである。

 なお、カペレの演奏するベートーヴェンの7番にはほかにケンペとのリハーサル盤がある。CD化もされているがオルフェオから出ていたLPもぜひお聴きいただきたい。カペレの当時の音を見事にとらえている。70年の録音であるから、75年録音のブロムシュテットと比較するのも面白いだろう。

 

 

 

 このCDは、国内盤は徳間から出ていましたが、2001年1月現在は廃盤になっているようです。輸入盤は全集の形でしか入手できないようですが、この第7番を含め、名演・名録音ずくめのベートーヴェン全集ですから、買って失敗はないはずです。スシ桃さんが書かれたとおり、録音当時カペレは、戦後最高の状態でした。カペレサウンドを知るには決して欠かすことのできない傑作全集です。

 特にこのベト7においては、ティンパニが聞き物です。これは一度聴いていただかないと何とも説明しにくいのですが、第4楽章に現れる神業的ティンパニ(おそらくはゾンダーマン)は、あまりにすごくて笑ってしまいたくなります。本当ですよ。どなたか、打楽器奏者にあの凄さを説明していただきたいと私はかねがね考えているのですが...。読者にそんな方、いらっしゃいませんか?

 

2001年1月29日、An die MusikクラシックCD試聴記