テレフンケン・レガシー・シリーズのメンゲルベルク

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 とあるCDショップで。

 「伊東さん、こんにちは。今日はこんなCDが入ってますよ。いかがですか?」とにっこり微笑む店員さんが私に見せてくれたCDがあります。メンゲルベルクのCDでした。顔と名前を覚えられ、おまけに好みのCDまで目星をつけられては、もう降参するしかありません。聴きたいと思っていた録音でもありますし、迷わず買い込んでショップを後にしました(この前はシェルヒェン等を勧められて、やはり買ってしまった!)。 昔の八百屋や魚屋ではこのようなワン・トゥー・ワン・マーケティングが行われていたといいますが、まさか現代のCDショップで行われるとは驚きです。さすがY楽器。すごい社員がいるものです。脱帽であります。

 ところで、私が買ってきたメンゲルベルクのCDは以下の2枚です。

CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲第5番ハ短調作品67
交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管
録音:1937年
TELDEC(輸入盤 3984-28408-2)

CDジャケット

R.シュトラウス
交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
クレメンス・クラウス指揮ウィーンフィル
録音:1941年
交響詩「英雄の生涯」
録音:1941年
交響詩「ドンファン」
メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管
録音:1938年
TELDEC(輸入盤 3984-28409-2)

 いずれも大変古い録音です。ですが、私はメンゲルベルクが好きですので、古かろうとも大歓迎です。メンゲルベルクというと、ゲテモノ扱いされている気がしなくもないのですが、本人は大真面目に音楽に取り組んでいるわけですし、聞こえてくる音楽はそれなりに説得力の高いものばかりです。古いと言って素通りする気にはとてもなれません。

 CDを聴いてみますと、まず音質の良さに驚嘆します。わずかにチリチリとノイズが入る程度で、極めて鮮明です。弦楽器の音がノコギリになることもなく、オーボエの音がひからびてチャルメラになることもありません。オケのすべての楽器が艶やかな音で再現されています。古い録音を復刻する際には「最新技術が採用された」とジャケット裏に書いてあるのですが、ここまでの高音質が実現されたというのは、復刻技術が良かったからではなく、マスターの状態が驚異的に良かったからではないかと思われます。

 演奏が楽しいのはいうまでもありません。メンゲルベルクは楽譜を独自に改訂し、非常にユニークな演奏をすることで知られています。ベートーヴェンにしろ、R.シュトラウスにしろ、メンゲルベルク編曲版と言い切ってもおかしくない代物であります。私はそれを非難するのではありません。面白いと心から思っています。特にメンゲルベルクは弦楽器のポルタメントを多用しますし、独自のアクセント、楽器の変更が顕著で、いつ聴いても飽きることがありません。また、独自の演奏スタイルはコンセルトヘボウ管という希代の名人オケによって表現されるのですから、下品にもならず(ポルタメントの濫用は少し下品かな?)、最高の聞き物に仕立て上げるのです。鮮明な録音だけに、私はコンセルトヘボウ管のうまさに圧倒されるばかりです。これほどのオケを完全に掌握すれば、メンゲルベルクのように好き放題してみたくなるのも当然でしょう。

 さて、演奏の話はこれくらいにして、テレフンケン・レガシー・シリーズの話をしたいと思います。TELDECはシリーズの発売を前に、紙ジャケットのサンプラーCDを出していました。今回も、もちろん紙ジャケットです。何度も繰り返しますが、私は「積み重ねができない」という理由から紙ジャケットCDは嫌いです。補強処理が施されているとはいえ、ペニョペニョのCDでは何十枚も上に重ねることができません。しかし、このシリーズはその様な欠点を補ってあまりあるほどの丁寧な作りで、好感が持てます。まず、解説が私にも楽に読める平易な英語で書いてあり、しかも読んで楽しいのが嬉しいです。次に、写真がふんだんに盛り込まれていることを評価したいと思います。例えば、メンゲルベルクが使用していた「運命」の楽譜の写真が掲載されていますが、細かく大量の書き込みがあることに驚かされます。「運命」冒頭の「運命の動機」にメンゲルベルクの手で八分音符にスタッカートがしっかりと付けられているのも一目瞭然です。今までのCDでは、こうしたサービスはあまりなかったと思います。1,400円程度の輸入盤でここまでのことができるのですから、今まではいったい何だったのでしょうか? 解説などあってなきがごとし、あるいはあっても活字だけ、しかも退屈なものがほとんどでした。通り一遍の楽曲解説など、誰も読みたくはないでしょう。紙ジャケットがたくさん出るようになって、CDの解説も変わってくるかもしれません。付加価値のある情報が載っていれば、音楽ファンは高積みできない紙ジャケットであれ、喜んで買うに違いありません。こうした丁寧な作りのCDがどんどん増えることを期待する私であります。

 

1999年10月27日、An die MusikクラシックCD試聴記