シュタットフェルトの「ゴルトベルク変奏曲」を聴く
1980年生まれのドイツの若者が脚光を浴びています。その名はマルティン・シュタットフェルト。2006年3月の来日公演も好評だった模様で、朝日新聞には「薄れるグルードの呪縛」という見出しで紹介されていましたね。この人のデビュー盤は、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」です。
バッハ
ゴルトベルク変奏曲
ピアノ:マルティン・シュタットフェルト
録音:2003年10月8-10日
SONY(国内盤 SICC 286)SONYはこれを皮切りにすでに合計4枚のCDを発売しています(2006年4月現在)。最初に発売した「ゴルトベルク変奏曲」がよほどいいセールスを記録したのでしょう。
私も前評判を聴いてはいましたが、いざCDをかけてみるとびっくりです。いろいろな「ゴルトベルク変奏曲」を聴いてきたものの、これだけ自由奔放な演奏を聴いたことはありません。装飾音を自由に加えているだけでなく、「こんな声部があったかな?」とあっけにとられるような部分が遠慮なく現れます。前もって「そうらしい」とは知ってはいても、いざこれが目の前のスピーカーからどんどん流れてくると慌てます。一体どういう楽譜を使うとこのような「ゴルトベルク」ができあがるのでしょうか。バッハの楽譜といっても様々な種類があるでしょうし、そのうちのひとつを見せてもらったときはオタマジャクシ以外はほぼまっさらなものがありましたから、演奏家が自分で解釈して演奏する余地は十分あるのでしょうね。
私はあまりに奔放な演奏なので、以前聴いたシュタイアーのモーツァルトを思い出しましたが、シュタットフェルトは別に聴き手の意表を突くことを目的にしているわけではないようです。自分のバッハを論理的に考えた上で表現していて、それを持ち前のテクニックで弾き切っています。聴き進むにつれて最初に感じた違和感は払拭されてきますし、この人のバッハを楽しめるようになってきます。しかも後半、それもキリストの復活を表す第26変奏以降では違和感どころか聴き手を巻き込み一気呵成、怒濤のように演奏しています。ここはこのCDの聴き所ですね。すごいです。猛烈なスピード感があるのに、指はひたすら等価に音を刻んでいるように聞こえます。
ところで、私はこの演奏を聴いて「もしグールドが3度目にこの曲を録音したらこんな演奏になっていたかもしれない」と思いました。しかも最初に聴いたときにそう思っただけではなく、聞き返すたびにその印象を強く持つようになりました。SONYはこのピアニストのキャッチコピーに「グールドの再来」と謳っているようですが、少なくともこのCDを聴く限りはそう間違ってもいないと私は感じています。「薄れるグールドの呪縛」というのは本当なのか、私は今のところ疑問に思っています。
もっとも、シュタットフェルトが徒者ではないことは確かです。この若者が、モーツァルトやベートーヴェンのピアノソナタを聴かせてくれるのを楽しみにしています。
(2006年4月16日、An die MusikクラシックCD試聴記)