ベルナルト・ハイティンク 前編
さてハイティンクのインタビューといえば他にも、コンセルトヘボウ管弦楽団とのベートーヴェン:交響曲全集のCDの日本語解説書に掲載されたものがあります。ベートーヴェンの交響曲を指揮する上での技術的な問題等が論じられていて実に面白いものですので、コンセルトヘボウに関する部分を少し抜粋してみます。
《管楽器を二倍にする習慣には常に疑問をもっています。といっても私は音楽的な菜食主義者でも頑固な純粋主義者でもありません。ベートーヴェンの時代には、私たちには測り知れない多くの試みが行われていたと思うからです。私はどちらかというと実際的な人間です。優秀な木管セクションをそなえた、いってみればコンセルトヘボウのようなオーケストラの場合には、二倍にした場合、音が壊れてしまうのです。増すことによって失うものもある、というわけです。》
《コンセルトヘボウを振るときには、演奏旅行中のベートーヴェンの5番と9番以外ではやったことがありません。この2つについては、他とのバランスをとるためです。しかしそうする場合も同時に鳴らすというより、交替させる方法をとります。音が濁るからです。》
《しかしそれができるのは、私がこれほどよく知っているコンセルトヘボウとだけです。弦楽器セクションには贅肉がありません。暖かみがあると同時に、他のオーケストラにはないタッチの軽快さがあります。》
このインタビューの中で他にとても面白いのは、第9番についての意見です。
《現在危険だと思うのは、この曲があまりにも頻繁に、あらゆるオーケストラと指揮者で演奏されていることです。当たり前のもののように扱われ過ぎていますが、これは決して当たり前の作品ではないのです。もちろんこれはどの交響曲についても言えることですが、とくに第9番についてはそう思います。ブルックナーの第8番、ベートーヴェンの第9番、ブルックナーの第9番、マーラーのいくつかの交響曲などは、あまり頻繁に演奏されてはならない音楽的モニュメントなのです。禁止すべきです。これほどたびたび演奏を許されるべきではありません。》
ハイティンクを日本に呼ぶ場合、12月は避けた方が良さそうです。ではついでにこれも観てみましょう。1993年5月、ハイティンク指揮ベルリン・フィルのロンドン公演を収録したDVDの映像特典の中に、ハイティンクへのインタビューが入っているのです。日本語字幕なので逐語訳ではないのでしょうが、こんな風に始まっています。
「世界中のオーケストラで指揮されてそれぞれの個性はお気づきでしょうが、シカゴ交響楽団とベルリン・フィルの違いは?」
「まず訂正させてほしい。"世界中"というほど海外公演は多くありません。特定のオーケストラの指揮のほうが多いですね」
「この2楽団は?」
「シカゴは1回、ベルリン・フィルは何度も指揮しています。ベルリン・フィルには愛着を感じますね」
と、なぜかシカゴ響にこだわるインタビュアーをいなしたハイティンクは、以下ベルリン・フィルへの賛辞を延々と述べています。ベルリン・フィルとの演奏会に合わせて行われたインタビューなのでそれも当然ですが、それにしてもコンセルトヘボウへの言及は皆無。この時点で彼はもうコンセルトヘボウからはすっかり遠ざかっていたのです。
翌1994年の演奏活動一覧表というものが前述の「ハイティンク読本」に掲載されていまして、これによるとこの年に指揮したのはウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ボストン響、ロンドンのロイヤル・オペラの4楽団のみ。そして数年前にウィーン・フィルと来日した際の『レコード芸術』誌のインタビューにおいて、コンセルトヘボウはすっかり変わってしまってもう自分の知っているオーケストラではない、とつれない発言をするに及ぶのです。しかし彼の70歳記念コンサートあたりから再びコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮するようになり、1999年にはコンセルトヘボウ管弦楽団の名誉指揮者の称号を得て、今日に至ります。
といった感じでむりやりまとめましたが、復活した(らしい)このコンビの演奏を再びフィリップスが録音してくれる日が、はたして訪れるのでありましょうか。
最後に簡単なプロフィール。ベルナルト・ハイティンクは1929年3月アムステルダム生まれ。1938年にメンゲルベルク指揮の演奏会を聴き、大いに感銘を受ける。戦後アムステルダム音楽院に入学しヴァイオリンを学び、オランダ放送フィルに入団。フェリックス・フプカ、フェルディナント・ライトナーに指揮を習い、1955年にオランダ放送フィルの副指揮者としてデビュー、同年ジュリーニの代役としてコンセルトヘボウ管弦楽団にデビューする。1961〜1988コンセルトヘボウ管弦楽団首席指揮者(1999名誉指揮者)、1967〜1979ロンドン・フィル首席指揮者、1977〜1989グラインドボーン音楽祭音楽監督、1987〜2002ロイヤル・オペラ(コヴェントガーデン)音楽監督。
「ベルナルト・ハイティンク」前編はこちらです。
(An die MusikクラシックCD試聴記)