ベイヌム最初のブラームス

(文:伊東)

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 「コンセルトヘボウの名録音」というシリーズは、コンセルトヘボウ管の豊かなサウンドを堪能できるCDを、このページの家主である青木さんと、居候である伊東が勝手に選んでレポートするというものである。

 そうした趣旨であるならば、普通はステレオによるアナログ録音完成期である70年代から、PHILIPSが録音技術の極みに達したと思われる80年代前半までの録音を最初に紹介したいところだ。最初に登場する指揮者もハイティンクが順当だろう。しかし、第1回ばかりはこのページへの更新ができる特権を活かし、青木さんではなく、私が担当させていただく。

 家主である青木さんがコンセルトヘボウ管に目覚めたのは、ハイティンク指揮によるチャイコフスキーの交響曲第5番によってであったらしい。このあたりの事情はこちらに詳しいが、私は何とモノラル録音から入ったのである。

CDジャケット

ブラームス
交響曲第1番ハ短調 作品68
録音:1951年
大学祝典序曲
悲劇的序曲
録音:1952年
エデュアルト・ファン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管
DECCA(国内盤 KICC 2501)

 

 これは私が買った最初のブラームスの録音だった。私は確か高校1年生で、無論金欠だった。仕方なく、福島の片田舎にあるレコード屋さんで最も値段の安いLPを買ったのだ。記憶に間違いなければ、当時そのLPは1,000円だった。自宅に帰ってよくよく調べてみると、この録音がモノラルであることが分かった。私は少なからずがっかりしたのだが、それも束の間、たちまちブラームスの音楽に熱中してしまった。モノラルであることなどどうでもよく、家人の迷惑も顧みず(それは今と全く変わらない)、安っぽい再生装置で何度も聴き返したのだった。私と同年代のクラシックファンは多かれ少なかれそういう経験をしているだろう。私はこの曲の隅々まで覚え、楽器の入りや盛り上がる個所、微妙な間、など完全に頭の中で再現できるようになってしまった。

 長じてから、私もバイトでCDを買える身分になり、様々な演奏に接するようになった。が、この演奏が頭から離れず、どうも具合が良くない。最新のデジタル録音を聴いても納得できないのである。理由は簡単で、ベイヌム指揮のこの演奏を大きく超える録音になかなかめぐり合わなかったからである(お陰で私は最新録音盤に対する情熱はついぞ持ったことがない)。

 今聴き返してみてもこの演奏は大変優れていると思う。クラシック初心者の私が夢中になるのも当然だし、今初めて聴いても興奮しまくると思う。特に交響曲第1番の両端楽章は弦楽器がガチャガチャ軋み始めているような大迫力だ。弦楽器の動きは実に鋭く、小気味よい。重量感まである。切れ味がよくて低音がズドドドドとなるのである。DECCAがどういうマイクの設定をしたのかよく分からないが、弦楽器のこの激しさには驚かされる。それが速めのテンポに乗ってギュッギュッ、ギシギシ、ガチャガチャ進んでくるともうたまらない。それに加えて木管や金管が唸りをあげてくる。ラッパは張り裂けんばかりで、オケの最強音時の迫力は圧倒的である。そして後光が差しているような輝かしさ。これがスタジオ録音盤とは俄には信じられない。非常にホットな演奏である。鋭く、迫力のある演奏である上、オケの重量感と輝かしさは感動もの。私がコンセルトヘボウ管に抱くサウンドのイメージはこの録音でほぼ40%が形成されている(残り60%は別の機会に...)。DECCAには独特の音作りがあるので、これがコンセルトヘボウ管の本当のサウンドだとは私は思わない。このCDでは、DECCAらしくいろいろな楽器の音がどれも明瞭に聴き取れるようになっている。本当はここまではっきりとは音が別に聞こえないものだ。それでも、演奏の良さは覆い隠すことができない。このCDの評価が、DECCAの録音技術によるところ大だとしてもコンセルトヘボウ管の技術を十分味わえるだろう。

 さて、録音がモノラルであるかステレオであるかというのは、実は些細な違いでしかない。私はこの録音を通じてそれをよく知っているのだが、面白いことに、ベイヌムはこの曲を1958年にPHILIPSに再録音している。それはステレオ録音で、音質的には何ら不満がない。演奏も、極めて充実したものだと思う。それは、もしこのDECCA録音がなければ、ベイヌムの代表盤として知られることになっただろう。しかし、私は本当に少しだけ新盤に不満がある。新盤にはDECCAのモノラル録音ほど演奏に対する覇気が感じられないのだ。おそらくDECCA録音が行われた51年当時、ベイヌムは絶頂期だったのだろう。同時期にはシベリウスの「エン・サガ」などの強力な録音が行われている。このブラームスは新時代を切り開かんとしていた覇気に富む指揮者と、機能的に最高度に練り上げられていたオケの輝かしい記録であると思う

 私が所有しているCDは昔KINGから発売されていたものだが、DECCAがその後きちんとリマスタリングして再発しているかもしれない。このCDでも見事な演奏とサウンドが堪能できるが、さらに良くなっているかもしれない。

 なお、交響曲第1番にフィルアップされている2つの序曲は、交響曲よりわずか1年後に録音されているだけなのに、音の分離が交響曲よりずっといい。演奏も「大学祝典序曲」は曲の朗らかさを大きく超えた怒濤の響き。とても微笑ましいと私は思う。

 

(An die MusikクラシックCD試聴記)