室内楽の伝統

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CDジャケット

ブラームス
ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8
ベートーヴェン
ピアノ三重奏曲第6番変ホ長調作品70-2
ドレスデン・トリオ
録音:1991年6月、ルカ教会
徳間ジャパン(国内盤 TKCC-15096)

 とても地味なCDである。当団ファンの私の目には、ドレスデンとかザクセンとかいう単語はCDショップにいてもすぐ目に飛び込んでくるが、一般的にはどうなのだろうか? シュターツカペレ・ドレスデンを母体とする室内楽の団体はいくつかあり、それぞれが独自の活動をしているにもかかわらず、ウィーンの室内楽ほど知名度がないのは何とも残念なことである。

 
ドレスデン・トリオ

 ドレスデン・トリオはシュターツカペレ・ドレスデンのコンサートマスター、カイ・フォーグラー(Kai Vogler、写真右)首席チェロ奏者ペーター・ブルンズ(Peter Bruns、写真左)、それに当団メンバーではない女流ピアニスト、ログリット・イシャイ(Roglit Ishay、写真中央)によって1990年10月に結成された。CDジャケットの絵模様は、その3人を表している。地味ながらも洒落たデザインである。

 解説書には、3人が並んで写っている左の写真が掲載されている(フォーグラーさん、確かに前髪はなくなっているけど、まだふさふさと髪の毛がある!)。3人とも驚くほど若々しい。というのも、録音当時、全員が30歳以前だったのだ。ログリット・イシャイは1965年生まれの女性で、彼女の両脇にまだ若い2人の奏者が写っている。うち当団の2人は、その後10年弱の風雪を経てこんな風貌になっている。

  コンサートマスター、カイ・フォーグラー
 

カイ・フォーグラー
1962年生まれ
ベルリンで学ぶ
1986-89年、ベルリン交響楽団のコンサートマスター
1989年以降、シュターツカペレ・ドレスデンのコンサートマスター

 コンマスという激務をこなし続けているため、すっかり頭は薄くなり、骸骨状態。しかし、音色の豊かさに支えられたバイオリンは、若くして既に当団の顔にふさわしい。

  独特の風貌、ペーター・ブルンズ
 

ペーター・ブルンズ
1963年生まれ
ベルリンで学ぶ
1985-88年、ベルリン交響楽団の首席チェロ奏者
1988年、シュターツカペレ・ドレスデンの首席チェロ奏者
1999年、ドレスデンの音楽院の教授職就任に伴い、退団。ただし、今もソリストとして当団のコンサートに現れるほか、エキストラで入っていることもある。

 

 この3人が若い頃(今も若いが)、演奏したのがこのブラームスとベートーヴェン。どうしてベートーヴェンの第6番をわざわざ選択したのか、私はよく分からない(^^ゞ。CDの売れ行きを考えれば、こちらのCDのように、第7番「大公」にするはずだ。あえてそうした有名曲を選ぶのではなく、演奏頻度さえ目立って少ないとされる第6番を選んだところがおもしろい。両曲とも3人のバランスの良さがすばらしいが、実は、このCDの2曲のうちではこのベートーヴェンの方が優れている。ブラームスの第1番は、いかにもブラームスらしい枯淡の味わい(作曲者は21歳だった!)を出しているが、若干力みがある。一方、ベートーヴェンではそうしたところがなくなっており、かなり自然体に近いと思われる。ライブで演奏したならば、このCDに聴く演奏とは全く違った情熱的なアプローチをしたかもしれないが、このような清新なベートーヴェンなら大歓迎だと思う。

 ある筋からの情報では、この団体は、その後室内楽の夕べ(Kammerabend)をメインの活躍の場としているようだ。またドレスデン近郊のモーリッツブルクの小さな音楽祭は、この3人とヤン フォーグラー(Jan Vogler、首席チェリスト。現在はソロ活動中)が主宰しているらしい。また、カイ・フォーグラーさんは、イシャイさんとベートーヴェンのバイオリンソナタを全曲ライブ録音しているそうだが、私は未聴。ブルンズさんもイシャイさんとデュオCDを出したりしている。

 こうした室内楽の伝統はシュターツカペレ・ドレスデンの内部ではかなり重んじられているようだ。やはりコンサートマスターであったミリング教授もミリング弦楽四重奏団を結成し、長きに渡って活動を続けていた。遡れば、ウルブリヒによるウルブリヒ弦楽四重奏団もあるし、シュトラウマーによるザクセン弦楽四重奏団もあった。もっと遡ると、ルッケ弦楽四重奏団、ミュールバッハ弦楽四重奏団やロート弦楽四重奏団もある。歴代のコンサートマスターには、弦楽四重奏団の編成という重責が科せられているようだ。室内楽を行うことによってより広く、深い音楽経験を積むことができるわけだろうが、これは団員にとっては大変なことだ。カペレは、もともとオペラハウスの座付きオケなのである。オペラの演奏をするのが主たる任務で、その合間にシンフォニー・コンサート活動を行うのである。その上、室内楽まで行っているのであるから、団員の多忙さは想像を絶する(カペラ・サジタリアーナという古楽演奏集団やカペルゾリステンという室内オーケストラまである)。私はこうした広範な音楽活動が、カペレの独特のアンサンブルにさらに深みを与えていると思われる。長い時間をかけて同僚達と室内楽で音楽を作り上げていく。このようなことは、人の出入りが激しい近代的なオケでは難しいかもしれない。

 なお、現在活動中のカペレの弦楽四重奏団はない。コンサートマスターが、弦楽四重奏団を結成する伝統が息づいているならば、そろそろカイ・フォーグラーさんによる四重奏団が登場しそうである。

 

余談

 

 カペレの室内楽の歴史は古く、宮廷で室内楽を演奏していたのはもちろんだが、はっきりとした目的意識を持って室内楽を公衆の前で奏し初めたのは1854年、「Tonkuenstler Verein(音楽家協会)」の設立に遡る。この協会は、

  • 音楽家自身の進歩
  • すべての時代の楽器のために書かれた作品の育成・演奏
  • 無報酬

を趣旨としていた。「すべての時代の楽器のために書かれた作品の育成・演奏」とは、現代音楽を含め、古い古い音楽も含め、ありとあらゆる音楽を演奏するということだ。この理想主義的な原則は現代にまで受け継がれ、年間12の室内楽コンサートが開催されている。「報酬は取らない」というのは、さすがに無理なようだが...。カペレの公式資料では、この伝統について、こう記載されている。

オーケストラ団員の室内楽演奏におけるこの多面的な活動は、オーケストラ独特の響きと演奏スタイルの「公然の秘密」といわれている。

なるほど。
 

2000年4月20日、An die MusikクラシックCD試聴記