グリモーのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」を聴く
ベートーヴェン
ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」
ピアノソナタ第28番 イ長調 作品101
ピアノ:エレーヌ・グリモー
ウラジミル・ユロフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:2006年12月、ドレスデン、ルカ教会(協奏曲)・ 2007年7月、ベルリン、ジーメンス・ヴィラ(ピアノソナタ)
DG(輸入盤 00289 477 6595)美人ピアニスト、エレーヌ・グリモーの新譜はシュターツカペレ・ドレスデンを伴奏にしたベートーヴェンの「皇帝」です。このところドイツ・グラモフォンはどういうわけかシュターツカペレ・ドレスデンを伴奏オーケストラと見なしていて、このレーベルからは本格的なオーケストラ録音が出ておりません。この「皇帝」もオーケストラではなくピアニストにスポットライトを当てた録音になっています。ピアノ協奏曲にカップリングされているのもオーケストラ曲ではなくピアノソナタです。
大手レーベルが録音をするからには売れることが前提なので、人気ピアニストが主役の座を占めるのは当然です。シュターツカペレ・ドレスデンはシノーポリの死後極端に録音の機会が減っているので、録音に起用してもらえるだけでもありがたい・・・などと私としては弱気なことを考えてしまうのですが、この録音を聴くと、そうした周辺の事情が多かれ少なかれ反映されるものなのだなと考えてしまいました。
このCDで聴くグリモーも「皇帝」は、そのニックネームにふさわしい大変豪華できらびやかなものです。CDを買って、スピーカーから音を出す以前にはこのように豪華な雰囲気を醸し出す演奏をグリモーがしているとは想像していませんでした。パワフルでもあり、我々リスナーが何となく「『皇帝』ってこういう曲だよな」とイメージし、期待を寄せるところを余すことなくグリモーのピアノが表現しています。華があって、実にすばらしい。聴いていてわくわくさせられます。「皇帝」らしい「皇帝」です。ルカ教会でのスタジオ録音だけに聴き手には表現の細部まで明確に伝わってきます。
しかし、疑問もあります。
グリモーのピアノはこれほどオーケストラを睥睨するように圧倒的なパワーで弾かれていたのでしょうか。グラモフォンの技術陣は「皇帝」というイメージを優先させたのか、あるいは豪華できらびやかな演奏を繰り広げるグリモーをもっと聴かせたいという意図が働いたのか、ピアノの音が目の前に壁のように立ちはだかってきます。もしかしたらグリモーはこういうスタイルの演奏をするピアニストなのかもしれませんが、これは一度生でこの曲を演奏するグリモーの音を確認したいものです。
また、指揮者のユロフスキは第1楽章でトランペットの音をやたらと細切れに強奏させるのですが、ピリオドアプローチを取っているわけでもないようです。私としては聴いていて落ち着きません。しかも、オーケストラの響きはピアノに比べるとどうしても脇役にしか聞こえず、指揮者の意図がどうだったのか分かりませんが、プロデューサーや録音エンジニアはあくまでもピアノばかりをかっこよく取りたかったのではなかったかと勘ぐってしまいます。
ここで思い出すのは、コリン・デイヴィスが指揮し、アラウがピアノを弾いた有名なPHILIPS録音です。
ベートーヴェン
ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」
ピアノ:クラウディオ・アラウ
コリン・デイヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1984年11月、ドレスデン、ルカ教会
PHILIPS(輸入盤 416 215-2)これを聴くと、アラウの堂々としたピアノだけではなく、オーケストラの音に驚かされます。音の鳴り方が違います。それこそ地響きを立てて迫ってきています。
ピアノ協奏曲はピアニストが主役になってしかるべきものです。しかし、それだけでは物足りないものです。このアラウ盤と比べると、グリモー盤が優れていることを充分認めつつも、どうしてオーケストラがこれほど脇役にならなければならなかったのかと私としては疑問に思ってしまうのです。
まあ、これもひいきの引き倒しというべきか、オーケストラに対する極端な偏愛のなせる技なのかもしれませんね。
2007年10月1日、An die MusikクラシックCD試聴記