流れの上で Auf dem Strom
ペーター・シュライヤー
シューベルト歌曲集
テノール:P.シュライヤー
ピアノ演奏:ワルター・オルベルツ
録音:1971、72年、ルカ教会
徳間(国内盤 TKCC-15090)徳間&ドイツ・シャルプラッテン社の組み合わせにしては珍しいほどセンスの良くないジャケットを持つ2枚組CD(2,980円)。基本的にはペーター・シュライヤーのシューベルトを聴くべきCDである。が、この曲には1曲だけ異色の歌曲が収録されている。
それは「流れの上で(Auf dem Strom)D.943 作品119」だ。曲名は「流れを下る船上で」ともいうらしい。この曲はシューベルト最後の年1828年に作曲された。演奏時間は約8分。2枚組CDの中でもちろん最長。さらに、楽器編成が変わっている。テノールの伴奏にピアノとホルンなのである。ホルンの代わりにチェロを使用することもあるらしい。このCDではホルンが使用されており、しかも、吹いているのはシュターツカペレ・ドレスデンの首席ホルン奏者ペーター・ダムなのである。
私はダム先生がこのようなCDを出していたとはつい先日まで知らなかった。ダム先生の熱烈なファンから教えていただいたのだが、買って、聴いてみて感激した。この録音はすばらしい。シューベルトの切々たる歌を聴かせるペーター・シュライヤーはもとより、それを支えるホルンが感動的なのである。ホルンは伴奏であるから、出しゃばることはないのだが、控えめに歌を支えつつもテノール以上に歌っている。ダムはここで金管楽器とはとても思えないほど柔らかい音色を出している。ホルンとはここまで柔らかく温かい音色を出せる楽器なのだろうか?金属的な冷たさが皆目ない。
ペーター・ダムは特異なホルン奏者だ。まず、天才でありながら、それらしく見えない。天才なのに、自己主張の激しい演奏は決してしない。ソロでバリバリと吹くよりはアンサンブルの中で他の奏者の音を聴きながら、バランスを取って演奏するのが好きなタイプだったのではないかと思う。だからこそ、この歌曲伴奏においてもシュライヤーの歌、オルベルツのピアノを引き立てるようにして、そっと演奏しているのだろう。しかし、ダムの本質は歌にあるようだ。これを完全に裏付けるように、ペーター・ダムはインタビューの中でこう述べている。
ホルンを演奏するという事は、ただ演奏するだけではなく歌うという言うことでもあります。ホルンで歌わなければなりません。もしホルン吹きをいくつかの種類に分けるとしたら、私自身「ヘルデンテノール(英雄役を歌う強い声のテノール))ではないと思います。...もちろん仕事上は選り好みは出来ないわけで、何であれ譜面台に載った楽譜を吹くわけですが....。私はもっとリリカルなものが好みです。ワーグナーの「リング」をやったとき、コンサートでもレコードでも私が「ジークフリートコール」を吹きましたが、きっと私よりもパワフルに吹ける人、もっと名人芸を示せる人、あるいはもっと大きな音で吹けるホルンプレイヤーがいると思います。でも私は要求された通りに吹きましたし、私の出来る限りの演奏をしました。これがホルンを吹く上での私の哲学です。
日本ホルン協会会報より転載
ペーター・ダムは歌が大事であるだけでなく、「きっと私よりもパワフルに吹ける人、もっと名人芸を示せる人、あるいはもっと大きな音で吹けるホルンプレイヤーがいると思います」と言い切っている。実際こう語ったダムには、これらに該当するプレーヤーの顔が浮かんだに違いない。でも、歌うホルンを目指し、バリバリ吹くタイプでないからこそ、ダムのホルンはすばらしいのだ。「流れの上で」は、そうしたダムの真骨頂を見る思いがする。たった1曲のためにCDを買うのは気が進まないと思うが、ひとたびこの演奏を聴けば、ダムのホルンの虜になること間違いないだろう。
なお、この2枚組CDにはあろうことか、ペーター・ダムの名前がクレジットされていない。1枚もので出ていた「シューベルト歌曲集2」にはきちんと表記されていたのだが、どうしたことなのだろうか?
最後に、私にこの録音を教えて下さった村山さんのコメントもどうぞ。
私が知る限り全てのダムのソロCDの中で、最高の一枚。文句無くお薦めできるダムファン必聴盤!
2000年2月18日、An die MusikクラシックCD試聴記