シュターツカペレ・ドレスデン来日公演2006

11月22日(水) オペラシティ
文:伊東

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プログラム2006

チョン・ミョンフン指揮シュターツカペレ・ドレスデン
コンサートマスター:カイ・フォーグラー

ベートーヴェン:

交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」
交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
新ベーレンライター版を使用

アンコール:ウェーバー「魔弾の射手」序曲

 

 2年ぶりにシュターツカペレ・ドレスデンが来日しました。直前まで招聘事務所が決まらず、来日コンサートが行われるのかどうかファンの間では心配されていたのですが、無事にコンサートを聴くことができて、ファンとしては嬉しい限りです。

 オペラシティでのコンサートは聴衆を熱狂させ、大成功に終わりました。特にベートーヴェンの交響曲第5番は、予想以上にチョン・ミョンフンが熱血ぶりを発揮し、強力なエネルギーを発散させて終わりました。私の席は前過ぎて楽団の全貌を見ることができなかったのですが、「田園」よりも弦楽器のプルトを増やしてパワーアップしたオーケストラをハイテンションで鳴らし切り、手に汗握るスリリングな演奏を作り上げていきました。終演後会場にはブラボーが飛び交い、若い女性達がスタンディングオベイションをするという情景が見られました。

 チョン・ミョンフンは音楽においてはとてつもない熱血漢なのだとつくづく思いました。猛烈にオーケストラを引きずり回します。オーケストラは必死の思いで棒についていったようでした。わずかな乱れはあったものの、それを聴けるのも生演奏ならではのことでしょう。会場に約6割しか入らなかった聴衆でしたが、ほぼ全員が満足して帰途につけたのではないでしょうか。

 さて、私にとってシュターツカペレ・ドレスデンの来日は2年に一度のお祭りですので、絶賛する記事を書きたいところですが、自分のための記録を残しておこうと思います。

 最大のポイントは、これはチョン・ミョンフンのコンサートであって、シュターツカペレ・ドレスデンのコンサートではないことです。

 まず、「田園」について。シュターツカペレ・ドレスデンのしなやかな響きを楽しめそうな曲ですが、まるでドレスデンらしくありません。第5番でエネルギッシュな演奏を聴かせたことは上述のとおりですが、チョン・ミョンフンのアプローチは「田園」においてもさほど変わらないのです。スポーティであり、熱烈です。特に第3楽章以降は快速運転でパワフルに駆け抜けています。あの演奏を聴いて私は「せっかくの名オーケストラを指揮しながら、なんてもったいないことをするのだろうか」と思いました。およそドレスデンの音は聴けませんでした。突出するホルンを聴いて「これは指揮者の意向なのか」とも首を傾げました。「田園」の演奏はそもそも難しいですが、チョン・ミョンフンはパワフル・スピーディな演奏という予想外のアプローチで解決したわけですね。

 第5番「運命」は、聴き手の心を鷲掴みにし、興奮させずにはおかない熱演でした。シュターツカペレ・ドレスデンの団員はひたむきに練習し、演奏すると言われていますが、そのとおりです。些細なミスがあったとしてもそのままCD化できそうな見事な演奏だと思いました。しかし、本当にドレスデンの音を生かしているかといえばそうとも言えないのです。むしろ、オーケストラの個性は指揮者の強烈な個性によってかき消されています。

 とにかく、指揮者の存在が圧倒的で、オーケストラはあくまでも副次的です。もともとオーケストラは指揮者の意向を汲んで演奏するものであって、指揮者がオーケストラに合わせるというものではないのですが、今回のように指揮者の強烈な個性が発揮されているのを見ると、複雑な気持ちになります。ほとんどの聴衆はオーケストラの響きを楽しみに来るのではなく、指揮者とその音楽性を楽しみに来るのではないかと思いますので、私のような聴き方をするのは異端の中の異端だと認識しています。

 アンコールには「魔弾の射手」序曲が演奏されました。演奏前に「このオーケストラは普段オペラの上演をしているんです。」と指揮者が説明してから始まった演奏は、このまま第1幕が開始されるのではないかという熱演でした。アンコールでこうした曲を聴けるのは嬉しいです。


 なお、ここからはマイナーな記録です。

  1. 楽団員名簿を見ていると、少しずつメンバーが替わってきています。第1バイオリンの末席には日本人である島原さんがおられましたが、最新名簿の末席には何と「フランツ・シューベルト」さんがいますね。
  2. 舞台の上手にでーんと座っているのはビオラなのですが、この首席はミヒャエル・ノイハウスさん。まるでターミネーターのようなすごい存在感です。こわいっす。
  3. 「田園」でホルンのトップを吹いたのはエリッヒ・マルクヴァートさん。「運命」は若手のヨッヘン・ウッベローデさん(の模様。私の席からは顔が見えませんでした)でしたが、ウッベローデさんの技量はすばらしいですね。ただし、ホルンセクションはかつてペーター・ダムが率いていた頃とは様変わりです。これほど変わってしまうとは。私の席ではマルクヴァートさんのホルンはやや金属的な響きに聞こえました。多かれ少なかれホルンセクションの音にその傾向が感じられましたが、今後ペーター・ダム級の超天才が現れるのでもなければこの傾向が続くのかもしれません。ホルンはこのオーケストラのアンサンブルの要であっただけに複雑な心境です。
  4. チョン・ミョンフンは「運命」の出だしで、空中で1小節分!振ってからオーケストラに音を出させていました。かつてテレビ番組で、なかなか入れない子供オーケストラを相手にしていたチョン・ミョンフンが窮余の策としてお客さんに見えないようにそのような指揮をしていたのを見たことがありますが、まさかドレスデン相手にもその指揮をしていたとは。リハーサルの際、よほどうまくいかなかったのでしょう。公演前には団員が指揮棒に着いていくのが大変とこぼしていたという話も耳にしました。演奏の出来はともかく、指揮者とオーケストラの相性は、決していいものではないようです。
 

(2006年11月23日、An die MusikクラシックCD試聴記)