私のカペレ
第8回 「ゆきのじょう」さん
ケンペ指揮の「グレイト」

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 既に購入された方もいらっしゃるとは存じますが、 TAHRAからケンペ指揮カペレのCDが発売されました。

CDジャケット

シューベルト/交響曲第9(8)番「グレート」
録音:1950年12月1日
ワーグナー/「ローエングリン」前奏曲
録音:1950年12月22日
メンデルスゾーン/交響曲第3番「宗教改革」
録音:1952年7月15日
ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
TAHRA(輸入盤 TAH 370/371)

 メンデルスゾーンは元来スプラフォンから出ていたディスクです。これのみスタジオ録音と明記されていますので、前二者は観客ノイズがないことと合わせ、おそらくは放送録音だと思います。

 「ローエングリン」も以前出ていたディスクからの流用であり、純然たる新盤は「グレート」のみということになります。その「グレート」ですが、同曲をケンペは1968年に CBSにてミュンヘン・フィルと録音しています。このディスクは今持ってCD化されていないのが不思議なほどの名盤です。天国的長さなどという評論が何かの間違いだと思うほど引き締まったリズムで、金管が咆哮する様は晩年のブルックナーを彷彿とさせます。第2楽章の木管の美しさ、中間の弦の掛け合いなども、まさに侘び寂びの世界です。私はこれを涙なしには聴くことが出来ません。

 さて、今回のカペレとの「グレート」は遡ること20年近く前の演奏、しかもケンペがカペレと関わるようになって未だ日が浅い頃のオペラ以外の演奏記録として貴重なものです。冒頭のホルンは浪々と鳴り響くところは*通常の*「グレート」のアプローチです。その後の弦のピチカートは一体何時合ってくれるのだろう(^-^;)、と思ってしまいます。昭和25年という終戦間もない状態でのカペレでは、ここまでか?ケンペもやはり若いのか、と思っていましたら、主部になってから次第にリズムが美しく響くようになり、アンサンブルも一つになって弦の響きが格段に良くなっていくのがわかります。第1楽章終結部の和音が未練なくばっさり断ち切られるのは、ミュンヘン盤と同じです。

 第2楽章は、木管の鄙びた音色は録音の古さをフィルターにかければ奥に秘められた美しさが垣間見られます。弦の対位法的な掛け合いのところではケンペの棒が冴え渡ります。ミュンヘン盤ほどの侘び寂びはないものの、暖かく、かつ清々しい音楽が奏でられます。

 第3楽章は冒頭から決して急くことのない、それでいて疾風のようなリズムの刻みを聴くことが出来ます。おそらくヴァイオリンは両翼配置であり、それにマイクの位置の関係でしょう、第1、2ヴァイオリンの掛け合いは鮮明なのに対して、低弦パートが弱めです。しかし、もうカペレの響きは揺るぎないものとなっています。トリオのテンポがやや緩めとなるのは古風な(伝統的?)発想が残っているからなのかもしれません。

 終楽章になるとケンペとカペレは燃えに燃えています。勿論現代的とは言えないですが、ここで聴かれるカペレは、まさに心のアンサンブルとして極上のものです。ミュンヘン盤での加速こそありませんが、重くなく刻まれるリズムは(1950年という年代を考えれば)大変興味深いと思います。クライマックスの盛り上がり方も上々、40才頃のケンペが既に確立された芸術を持っていたことを示すCDであると思います。

 添付された解説書も貴重なものでした。ただし所々疑問があります。現代音楽も指揮したというくだりで、ショスタコーヴィチとブラッヒャーを挙げた後に続けて、「ウラニアの録音で、ハチャトリアンのチェロ協奏曲とカップリングされたものを参照」と書いていますが、当該LPにおいてはハチャトリアンだけがケンペ指揮のもので、ショスタコーヴィッチはヴァント指揮の演奏でした。演目のみ見て勘違いしたのだと思います。

 またケンペが愛したスラヴ音楽の事例として、「新世界」「売られた花嫁」「グラゴル・ミサ」と共に、チャイコフスキーの第4と書いてありますが、これは第5の間違いでしょう。フランス語の原文でも第4とありますので、原作者の誤記だと思います。

 なお、発売予定であったブルックナー/第8や新世界は、おそらく著作権の問題で許可されなかったようです。「グレート」は50年経っているのでディスク化出来たと書いてありますので。

 以上のように1950年代のカペレとケンペの関係を知る上で大変貴重な資料だと思います。是非一聴をお勧めします。

 

2001年8月1日、An die MusikクラシックCD試聴記