天才ペーター・ダムのモーツァルトを聴く

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CDジャケット

モーツァルト
ホルン協奏曲全4曲
ホルンとオーケストラのためのロンド変ホ長調KV.371
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン
ホルン演奏ペーター・ダム
録音:1974年、ルカ教会
徳間ジャパン(国内盤 TKCC-30215)

 ペーター・ダム。1937年生まれ。ワイマールのリスト音楽院を経て1959年、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管に入団。首席ホルン奏者を務める。1969年にはシュターツカペレ・ドレスデンの首席ホルン奏者として迎えられ、カペレアンサンブルの要となる。1999年現在も現役。音楽性は卓越しており、もし東ドイツという国家の枠がなければ、世界的大スターとなっていた天才である。ただし、風采は上がらない。どの写真を見ても見栄えはしない。最近ではこんな顔になっている。

 
好々爺になった天才ペーター・ダム

最近のペーター・ダム
98年の写真から。どこからどう見ても好々爺である。

 

 しかし、風采があがらないからといって馬鹿にしてはいけない。ホルン奏者としての腕前はただごとではないのである。CDを聴いていてもこの人のホルンの音色はすぐ分かる。まず、金属的な音は決して出さない。柔らかく、聴き手を包み込むような温かみのある音色が最大の特色。もっというと、ホルンというより角笛の音色を聴いているような錯覚にさせる。有名ホルン奏者の中でもこのような音色の持ち主は他にいない。有名プレーヤーの場合、聴けばすぐ分かる一方で、オケ全体の音色からは浮いてしまうケースがないわけではない。が、ペーター・ダムの持ち味は、決して突出することなく、オケをリードしながらも、なおかつオケ全体に沈潜するところにあると私は見ている。

 ペーター・ダムのホルンが1969年以降、シュターツカペレ・ドレスデンのアンサンブルを支えてきたことは想像に難くない。少なくとも、我々がLP、CDで聴くシュターツカペレ・ドレスデンの録音の多くにペーター・ダムは参加し、そのアンサンブルの中心となってきたのである。これだけのホルン奏者がいれば、指揮者も安心して音楽作りができたに違いない。1950年代までのシュターツカペレ・ドレスデンの録音を聴くと、また別の響きがするが、我々がステレオ録音で耳にするすばらしい音色はこの天才ホルン奏者に負うところが大きいのである。

 ダムのソロを聴ける録音はいくつかある。順当なところではまず、モーツァルトのホルン協奏曲がいいだろう。1974年の録音であるから、ダムがシュターツカペレ・ドレスデンの首席奏者になって5年が経過している。指揮は首席指揮者就任を翌年に控えたブロムシュテット。一見地味な組み合わせだが、大変な名盤である。もしこの録音をご存知ない方はぜひ聴いていただきたい。

 もっとも、恥ずかしい話だが、私はこのCDを最初に聴いた時、さほど感心しなかった。とても地味な演奏に思えた。そのため、しばらくお蔵入りしていたのである。モーツァルトのホルン協奏曲は様々な有名奏者(例えばデニス・ブレインなど)のCDに事欠かない。それらと比べると、このダム&ブロムシュテット盤は何とも地味で鄙びた感じがしたのである。

 しかし、ある時このCDをふと聴き直して、私は文字通り驚愕してしまった。何という音楽の愉悦があることか。トリルの技術がどうのこうのという技術レベルを通り越して、音楽としての存在感に驚かされるのである。慈しむようにモーツァルトの音楽を奏でるペーター・ダム。彼にそっと寄り添い、邪魔をしないように、それでいて血の通った演奏をするオケ。これはすごい。鄙びた感じがまたたまらない魅力である。どうして私はその良さにすぐ気がつかなかったのだろうか? モーツァルトのホルン協奏曲はどれを聴いても同じ印象があり、時には退屈する。だが、このCDなら、全曲を何度も楽しめる。そのうちに病みつきになり、ペーター・ダムのホルンの音色が頭から離れなくなるのである。その意味では恐ろしいCDである。

 残念なことに、徳間ジャパンはこのCDの価値をあまり認識していないらしい。あまりCDショップで見かけることがない。もし目に入ったら、すぐに買うことを、強く、いや熱烈にお薦めする。きっとあなたの宝物になるだろう。

 

 

非推薦盤

モーツァルト
ホルン協奏曲全4曲
ホルンとオーケストラのためのロンド変ホ長調KV.371
ホルン演奏:ペーター・ダム
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管
録音:1988年
PHILIPS(輸入盤 422 330-2)

 ペーター・ダムのモーツァルトにはデジタルによる新録音もあるので、念のためご紹介したい。ただし、こちらはシュターツカペレ・ドレスデンが伴奏しているのではない。マリナー指揮のアカデミー室内管である。PHILIPSという大手レーベルが発売していることもあり、一般的にはダムのモーツァルトといえばこちらが入手しやすいし、売れ線であると思う。

 しかし、私はダムのホルンはともかく、このCDはあまり高く評価できない(このCDを愛聴されている方は、これ以下は読まないで下さい)。いくら音質が良く、ホルンがすばらしくとも、ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデンのCDの方が圧倒的に優れていると思う。指揮者と伴奏オケの違いが、信じられないほど大きな差となっているからだ。

 マリナー&アカデミー室内管盤では、音質は確かにすばらしい。弦楽器の艶やかな感じなど、古い録音では若干物足りないところが、このCDでは完全に克服されている。ダムの吹くホルンの音色もやや残響が多いものの、自然な感じで収録されている。ホルンだけを聴くなら、このCDでも十分に良さを味わえる。が、協奏曲とは、オケが良くなければやはり駄目なものらしい。それがこの二つのCDを聴き比べると実によく分かる。

 マリナー指揮アカデミー室内管の演奏は、言うなれば大変スポーティで、流麗そのもの。スピーディな演奏ともいえる。さらさら流れる音楽は、一般大衆が持つモーツァルトのイメージにぴったりかもしれない。しかし、はっきり言ってつまらない。退屈する。いくらダムが名技を披露してくれても、伴奏がこれだけ流麗なだけの演奏など、4曲も続けてはとても聴けない。確かに、モーツァルトのホルン協奏曲はまとめて聴くように作られたわけではない。だから、4曲連続して聴ける・聴けないを評価基準にしたところでナンセンスなのだが、どうも私は第1曲目から退屈する。ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデンとの演奏で聴かれる、それこそ鄙びて朴訥とした味わいが恋しくなるのである。マリナー&アカデミー室内管に怨みは全くないが、ダムのモーツァルトを味わうなら、断然ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデンのCDを買うべきだ。協奏曲においてもオケの持つ響き・味わいがいかに重要か、嫌というほど思い知らされるCDである。

 

1999年9月23日、24日、An die MusikクラシックCD試聴記