しかし、風采があがらないからといって馬鹿にしてはいけない。ホルン奏者としての腕前はただごとではないのである。CDを聴いていてもこの人のホルンの音色はすぐ分かる。まず、金属的な音は決して出さない。柔らかく、聴き手を包み込むような温かみのある音色が最大の特色。もっというと、ホルンというより角笛の音色を聴いているような錯覚にさせる。有名ホルン奏者の中でもこのような音色の持ち主は他にいない。有名プレーヤーの場合、聴けばすぐ分かる一方で、オケ全体の音色からは浮いてしまうケースがないわけではない。が、ペーター・ダムの持ち味は、決して突出することなく、オケをリードしながらも、なおかつオケ全体に沈潜するところにあると私は見ている。
ペーター・ダムのホルンが1969年以降、シュターツカペレ・ドレスデンのアンサンブルを支えてきたことは想像に難くない。少なくとも、我々がLP、CDで聴くシュターツカペレ・ドレスデンの録音の多くにペーター・ダムは参加し、そのアンサンブルの中心となってきたのである。これだけのホルン奏者がいれば、指揮者も安心して音楽作りができたに違いない。1950年代までのシュターツカペレ・ドレスデンの録音を聴くと、また別の響きがするが、我々がステレオ録音で耳にするすばらしい音色はこの天才ホルン奏者に負うところが大きいのである。
ダムのソロを聴ける録音はいくつかある。順当なところではまず、モーツァルトのホルン協奏曲がいいだろう。1974年の録音であるから、ダムがシュターツカペレ・ドレスデンの首席奏者になって5年が経過している。指揮は首席指揮者就任を翌年に控えたブロムシュテット。一見地味な組み合わせだが、大変な名盤である。もしこの録音をご存知ない方はぜひ聴いていただきたい。
もっとも、恥ずかしい話だが、私はこのCDを最初に聴いた時、さほど感心しなかった。とても地味な演奏に思えた。そのため、しばらくお蔵入りしていたのである。モーツァルトのホルン協奏曲は様々な有名奏者(例えばデニス・ブレインなど)のCDに事欠かない。それらと比べると、このダム&ブロムシュテット盤は何とも地味で鄙びた感じがしたのである。
しかし、ある時このCDをふと聴き直して、私は文字通り驚愕してしまった。何という音楽の愉悦があることか。トリルの技術がどうのこうのという技術レベルを通り越して、音楽としての存在感に驚かされるのである。慈しむようにモーツァルトの音楽を奏でるペーター・ダム。彼にそっと寄り添い、邪魔をしないように、それでいて血の通った演奏をするオケ。これはすごい。鄙びた感じがまたたまらない魅力である。どうして私はその良さにすぐ気がつかなかったのだろうか? モーツァルトのホルン協奏曲はどれを聴いても同じ印象があり、時には退屈する。だが、このCDなら、全曲を何度も楽しめる。そのうちに病みつきになり、ペーター・ダムのホルンの音色が頭から離れなくなるのである。その意味では恐ろしいCDである。
残念なことに、徳間ジャパンはこのCDの価値をあまり認識していないらしい。あまりCDショップで見かけることがない。もし目に入ったら、すぐに買うことを、強く、いや熱烈にお薦めする。きっとあなたの宝物になるだろう。
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