なぜ「名盤」なのか? ケンペ指揮の「アルプス交響曲」を聴く
R.シュトラウス
アルプス交響曲 作品64
ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1971年9月、ルカ教会
EMI(国内盤 TOCE-13060)併録
交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」 作品28
録音:1970年6月、ルカ教会■ 豪快な演奏
EMI 3枚組セット(輸入盤 0777 7 64350 2 2)
「メタモルフォーゼン」や「ドン・キホーテ」を含む。私は音質的に問題を感じたことがない。先頃発売されたEMIの「決定盤1300」シリーズにケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる「アルプス交響曲」が含まれていたので、つい買ってしまった。私の手元には様々なリマスタリングによる同一音源のCDがあるのに。実は、「オリジナルジャケット」という言葉に惹かれてしまったのだ。この録音の場合、英EMIによる最初のリマスタリングが成功しているように思われるので、リマスタリング情報に惑わされることがない。
といいつつも、24ビットのリマスタリングを確認するため、つまみ聴きをしようとCDプレーヤーのスイッチを入れたところ、50分もある曲なのに一挙に聴き通してしまった。
何度も聴いているCDなので、私はどのような演奏なのかよく知っているし、音の状態も鮮明に覚えている。24ビットリマスタリングになったからといって目の覚めるような音に変貌したわけでもない。それにもかかわらず、この演奏は私を惹きつけてやまない。このCDを聴いた翌日は輸入盤の3枚組を取り出してきて、これもあっという間に聴き通してしまった。
演奏は大変豪快である。最強のホルンセクションを中心とした分厚い金管群、名人達の奏でる木管、しなやかな弦楽器群、快打を続けるティンパニ。そして鮮やかなケンペの指揮ぶり。ケンペはこの大曲を一挙に聴かせる見通しのよさを持っていて、長さを微塵も感じさせない。これはやはり「名盤」の名に恥じない見事な演奏だと私は認識を新たにした。この曲の理想的なCDとまでは言わないが、誰にでも安心してお勧めできるCDである。
この録音が行われた1971年前後はおそらくシュターツカペレ・ドレスデンの黄金期であっただろう。かつてこの団体を支えた名首席奏者達がずらりと並んでこの録音を行ったはずだ。どのセクションをとってみても充実している。どのリスナーも、トランペットの独特の奏法を除けばこの演奏に満足するのではないだろうか。
これはシュターツカペレ・ドレスデンの曲だ。演奏がこなれている(歴史的にも、この曲は作曲家によってこの楽団に献呈されている)。1971年時点で一体どれだけの「アルプス交響曲」の録音があったか分からないが、さほど多くはなかったはずだ。この演奏を聴いていると、指揮者と楽団員がこの曲にかける意気込みが伝わってくるようで微笑ましい。これは明らかにノスタルジーなのだが、それを喚起するのもこのCDの魅力なのかもしれない。
■ 名盤とは
もっとも、今となってはケンペ盤は地味な録音に属するかもしれない。デジタルになってからはカラヤン指揮ベルリンフィルやプレヴィン指揮ウィーンフィルの録音など、強力な演奏・録音が輩出している。
面白いのは、そのような状態になっても、この録音が名盤としてその地位を脅かされていないことだ。それは何故なのか。
ケンペ盤はリスナーに「居心地のよさ」を与えるからではないかと思う。この録音は演奏が堂に入っていて、豪快ではあるのだが、先鋭でも刺激的でもない。CDの音質的にも71年のアナログ録音に基づく技術的限界のせいなのか、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏のせいなのか音にまろやかさを失わない。それ故にリスナーは安定感やぬくもりを感じるのではないか。
もしかしたら、そうした点がプラスの評価につながっているのかもしれない。あまり先鋭でないアナログ的な音にノスタルジーがからみ、我々リスナーは居心地のよさを見いだすのではないだろうか。「名盤」とは、こうした居心地のよさを与えてくれるものなのかもしれない。それを我々は普段意識していないだけなのではないかと考えてみた。いかがであろうか?
(2004年12月14日、An die MusikクラシックCD試聴記)