シュターツカペレ・ドレスデンによる「ばらの騎士」:もう一つの(?)名盤
文:ゆきのじょうさん
R.シュトラウス:
「ばらの騎士」
- 第1幕より「とうとう行ってしまった。あの高慢ちきな、下卑た男」 - マルシャリンのモノローグ
- 第2幕より「私はあなたを信頼いたします。」
- 第2幕より「けだかくも美しき花嫁に」 - ばらの献呈の場面
- 第3幕より「夢なのでしょう」
「アラベラ」
- 第1幕より「美しいバラ」 - 「しかし正しいことは」
アンネリーゼ・ローテンベルガー ソプラノ
リーザ・デラ・カーザ ソプラノ
ギュンター・ライプ バリトン
ドレスデン国立歌劇場合唱団
ルドルフ・ノイハウス指揮シュターツカペレ・ドレスデン録音:1966年1月、ドレスデン、ルカ教会
独Berlin Classics(輸入盤 BC90012)これは奇跡の一枚だと、私は思います。
先頃、シュターツカペレ・ドレスデン名演奏集という8枚組セット(BC18453)にも収録されたディスクです。もし貴方がカペレの音楽の魅力にとりつかれていて、本ディスクを聴いたことがないのでしたら、これ1枚だけ聴くために8枚組を買う価値がある演奏、と言っても言い過ぎではないと思います。
カペレによる「ばらの騎士」のディスクです。私が知っているカペレの「ばらの騎士」全曲正規録音は、ケンペ(1950年、よく海賊盤だと勘違いされますが、れっきとした正規スタジオ録音です)、ベーム(1958年)、フォンク(1985年)、ハイティンク(1990年)、そして先頃映像作品でリリースされたルイジ(2008年)というところでいずれも充実した録音だと思います。これに対して、今回のディスクは全曲盤ではありません。オペラの中から二重唱の曲をいくつか取り出したハイライト盤です。しかし、それだけでこのディスクの価値が前掲の全曲盤たちに劣るとは思いません。カペレの「ばらの騎士」演奏史に欠かせない名盤だと私は信じて疑わないのです。
指揮をしているルドルフ・ノイハウスは1955年から1960年までドレスデン国立歌劇場音楽総監督だったそうですから、ケンペの後任になるわけです。おそらく「ばらの騎士」も何度か振ったことでしょう。現在、他の演奏は大手通販サイトのカタログにはありません。「Neuhaus」で検索すると、ピアニストのゲンリヒ・ネイガウスがヒットするだけです。しかし、少なくとも、この1枚のディスクを聴くかぎり、カペレとの相性は抜群であったと思います。1曲目でデラ・カーザがマルシャリンとして美しく歌うモノローグでの、カペレのむせかえるような芳香はどうでしょうか。独唱にぴたりと合わせて、音楽がゆらめき、甘くせつなく漂い、ここぞというところで豪快に鳴ります。まるで一つの楽器かのように、独唱者たちをじゃますることなく、作為無く自然に音楽が息づき、鳴っているのです。これを奇跡と呼ばずして何と形容すれば良いのか分かりません。
全体を通して感じるのは、このディスクは確かに抜粋なのですけど、ただ切り抜いて貼り付けたような安易な作り方ではないということです。独唱者たちは各々の役柄をきちんと把握して、オペラ全体の流れの中で抜粋部分がどのように位置づけられるのかを十分理解していると感じます。ただ譜面の音符を正確に歌っているだけではないのです。ここには登場人物の息づかいが存在します。1曲目から2曲目に変わるときに、デラ・カーザはマルシャリンからオクタヴィアンに、ローテンベルガーはオクタヴィアンからゾフィーに、役柄が交代します。このとき、デラ・カーザは1曲目でローテンベルガーが歌ったオクタヴィアンの生身の人間としての息づかいを、確かに受け継いでいるのです。歌い手の独りよがりの作為はまったくありません。
そして、ここでは本ディスクでのプログラムの見事さを強調しなくてはなりません。オペラの進行からみると、2曲目と3曲目は第2幕での順序が逆なのです。しかし、ここで順序を逆にして短い2曲目を挟むことで、有名な第3曲目での二人のソプラノの役柄の交代が、より自然になるようにしてあるのだと思います。
さて、その3曲目のばらの献呈では、ゾフィーを演じるローテンベルガーの絶唱が、背筋がぞくぞくするほど魅力的です。その後にそっとデラ・カーザが文字通り寄り添うように加わってくる瞬間も奇跡のようです。カペレの音楽は連綿として甘くとろけるような弦、密やかに合わせていながら、それでいて響きは深い金管群のアンサンブルを堪能させてくれるのです。
4曲目、このオペラの最終場面です。最初から二人のソプラノの絡み合いが絶妙です。決して同質の声をしているわけでもないのに、アンサンブルで歌うと各々が主張しながらも、ぴたりと一つの音楽になっているのです。とちゅう、カペレだけの間奏になったときの、呼吸の深さはどうでしょうか。最後の二重唱も言葉もなく聴き惚れるだけになります。フィナーレのカペレの音色も言うことはなく、ノイハウスがとても実力のある指揮者であったことの証だと思います。
このたった4曲の二重唱を聴いただけで、全曲盤を聴き通したような満足感があります。それだけの演奏です。
最後に「アラベラ」から、アラベラとズテンカ姉妹の二重唱が入っています。これは、ただの埋め草扱いにすることはできない、とても美しい演奏です。「ばらの騎士」とは違って、カペレの響きはより硬質になっています。同じシュトラウスのオペラでも、こんなにも異なる響きがでるのかと感じます。
ただの抜粋盤ではない考えられたプログラム、名唱としか呼びようのない二人のソプラノ、そして、どの音を聴いてもうっとりと聴き入るしかないカペレの音楽が、この40年以上も前の録音に収められている一枚です。
カペレを語る上で、これはやはり、奇跡としか呼べない一枚だと、私は信じて止みません。
2009年1月6日、An die MusikクラシックCD試聴記