スウィトナーの「春の祭典」を聴く

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CDジャケット

ストラヴィンスキー
バレエ音楽「春の祭典」
スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1962年
バレエ音楽「カード遊び」
ケーゲル指揮ライプツィヒ放送響
録音:1974年頃
BERLIN Classics(輸入盤 BC 3035-2)

 まず、指揮者のスウィトナーについて。

 スウィトナーは頻繁に来日していたから、日本人にとっては馴染みの深い指揮者である。しかし、馴染みが深いからよく知っているかといえば、私を含め、必ずしもそうではないだろう。スウィトナーはモーツァルト指揮者としての評価は高かったが、地味な印象が強かった。シュターツカペレ・ベルリン時代の演奏は端正ではあっても面白味に欠ける演奏もないわけではない。彼が残したブルックナーの演奏は、そうした固定観念を払拭するに十分な立派な出来映えであったが、なお、地味な印象を拭いきれない。オケとの相性もあるのかもしれない。

 スウィトナーが本当に好調だったのは、もしかしたら1960年から1694年までのドレスデン時代かもしれない。その実例がこのCDである。この「春の祭典」を聴けば、誰もが驚くだろう。おそらく、ブラインドテストをしてこれがスウィトナーの指揮であると分かる人はまずいないに違いない。私もこの「春の祭典」には面食らった。一言でいえば、「芸術は爆発だ!」的演奏。一体あの穏和そうなスウィトナーのどこにこんな激しい気質が隠れていたのだろうか?ここに聴くスウィトナーは荒れ狂っている。多分汗びっしょりになって指揮棒を振り回し、両手両足が千切れそうになるほど全身全霊をかけて取り組んだ演奏であろう。これはスウィトナーに対する認識を一変させる演奏である。こんなすごい人だとは、恥ずかしながら私はそれまで知らなかった。

 ここでオケについて考えよう。

 指揮者の気迫がそっくりそのままオケに乗り移ったのか、カペレも半端ではない集中力を見せる。地響きのするオケの強奏には全くたまげてしまう。すさまじすぎる。炸裂するブラス、猛り狂う木管楽器、荒々しくも乱れない驚異的な弦楽器群。カペレの演奏をたくさん聴いてきた私でも、このような演奏をカペレが行っていたことに衝撃を受ける。指揮者のダイナミックな指示に対してカペレが柔軟に対応し、完璧に演奏できたことが演奏を成功させた最大の要因であろう。いくらスウィトナーが燃えても、その意図を受け入れ、表現できるオケがなかったならば、とてもこれほどの名演奏を残すことはできない。激しく荒れ狂う演奏であるのに、演奏が非常に高い精度で行われていることに注目せざるを得ない。さすがカペレらしいすばらしいアンサンブルだ。カペレは伝統的に木管楽器に名手が揃っていて、艶と深みのあるしっとりとした音を聴かせるのが特色なのだが、ここでもそれは当てはまるし、金管だって派手ではないのに、猛烈な迫力だ。どのセクションを取っても実にすばらしい。

 しかし、私はこのCDのもうひとつの聴きものはティンパニーであると断言したい。何度も聴いていると、よけいこのティンパニーが気になってくる。誰れだろうか? まず間違いなくペーター・ゾンダーマンだろう。これは怪物ティンパニストだ。全曲を通してオケを完全にリードしている。その存在感はブラスセクションを束にしたよりはるかに大きい。「春の祭典」がオケの様々な楽器の饗宴であることはよく知られているが、この録音ではティンパニストが必聴だ。このティンパニストは指揮者と一対一で対峙し、さしで勝負しているように思える。オケは本来指揮者の統率下にあるのに、このティンパニストだけがそれを拒否し、指揮者と堂々渡り合い、「俺が仕切ってやるぞ!」とばかりに徹底抗戦している。その丁々発止のやりとりが熱く燃え上がる演奏の中で行われているのだからすごい!気になり始めると、このティンパニストの動きをずっと追いかけて聴いてしまう。スウィトナーもまさかここまでの演奏をティンパニストには期待していなかったのではないか? 録音を担当したエンジニアも、このティンパニーがこの演奏の要だと悟ったのか、ティンパニーの音がかなりオンになっている。まるでティンパニ協奏曲のようになった第二部ではティンパニストの独壇場だ。

注)ゾンダーマンは1998年6月18日、78歳で死去。1945年から1987年までの長きにわたりカペレに在籍した。このオケの名物団員だったらしい。戦後のカペレを背負ってきたひとりである。この「春の祭典」におけるティンパニーの活躍はめざましい。まずゾンダーマンと思って間違いない。もしそうでなければ、もうひとりゾンダーマン級のティンパニストがカペレに在籍していたことになる。それはそれですごいことだろうが、考えられないと思う。

 全くスウィトナーの指揮といい、ティンパニストの強力さといい、目を丸くしないではおれないすごい録音である。しかもこれがスタジオ録音だとは驚きだ。この録音が国内盤で発売されているかどうか、私は知らない。もし発売されていなければ、それは供給サイドの怠慢である。きっとみんなこの録音を聴いて、「春の祭典」がいっそう好きになるに違いない。芸術は爆発だ!みんなでこの爆発的演奏を聴こう。さあ、CD屋さんでこのCDを探すべし!

 

1999年11月17日、An die MusikクラシックCD試聴記