ワーグナーの野心作「リエンツィ」を聴く
ワーグナー
歌劇「リエンツィ」
ホルライザー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1974年8,9月、1976年2,4月、ルカ教会
EMI(輸入盤 CMS 7 639830 2)声楽陣
- リエンツィ:ルネ・コロ
- イレーネ:シヴ・ヴェンベルク
- ステファノ・コロンナ:ニコラス・ヒレブラント
- アドリアーノ・コロンナ:ジャニス・マーティン
- オルジーニ:テオ・アダム
- ライモンド:ジークフリート・フォーゲル
- 講和使節:インゲボルク・シュプリンガー
- バロンチェッリ:ペーター・シュライヤー
- デル・ヴェッキオ:ギュンター・ライプ
- ライプツィヒ放送合唱団
- ドレスデン国立歌劇場合唱団
歌劇場管弦楽団であるカペレの真骨頂を伝える、カペレ屈指の名盤。カペレ近年における絶頂期のサウンドをとらえているばかりでなく、合唱、ソロとも申し分のない布陣。旧西側の大レーベルEMIが、旧東独の名門と協業した最良の果実である。歌劇「リエンツィ」はワーグナーのその後のオペラ、例えば「さまよえるオランダ人」(1841年)ほどの音楽的評価や人気を得てはいないが、これは紛れもない傑作CDであり、カペレを知る上で欠かせない。ぜひ一人でも多くの方に聴いていただきたい。私の強力推薦盤である。
マイアベーア風のグランド・オペラ「リエンツィ」は、1838年から1840年にかけて作曲された。ご存知のように、ワーグナーは、これをパリで上演しようとして失敗。やむなくドレスデンの宮廷歌劇場で上演した。時に1842年10月20日。6時間に及ぶ長大なオペラであるにもかかわらず、初演は大成功となり、ワーグナーは作曲家としての地位を確立しただけでなく、実利として、ドレスデン宮廷歌劇場指揮者としての地位を得ることができた。ワーグナーにとっても、ドレスデンにとっても「リエンツィ」は重要な曲である。
ワーグナーは世俗的な成功を掴もうとして必死にこの曲を作った。外面的な効果を狙い、大規模な楽器編成による華麗な音楽・効果音を全曲にちりばめた。しかも、序曲に現れるフレーズを覚えておけば、おおよそこの長大な作品を理解できるようになっているという親切な構成だ。長大なオペラであるのに、聴衆が最初から歓呼したのは、外面的効果が抜群だっただけでなく、その分かりやすい作風にあったのだと思う。それにしても華々しく、劇的で華やかな音楽だ。全曲のほとんどがフォルテ以上になっているのではないかと思われるほどだ。実際、楽器編成を見ると、弦5部に、木管は二本ずつ、それに加えて、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、タンバリン、シンバル、トライアングルが並ぶ。それだけではない。舞台上には別働隊としてトランペット6、トロンボーン6、チューバ3、軍隊用太鼓、小太鼓2、鐘、オルガンが登場するのである(◎-◎)。それだけの物量を投入して演奏するのだから、演奏がつまらなかったらおかしいのである。
巨大な編成による「リエンツィ」録音セッション
所狭しと並ぶオケと声楽陣。声楽陣にオケが包囲されているようだ。オケも大人数を動員しているが、コンマスの顔さえ判別できない。本来は貴重な資料なのだが...。しかし、大曲すぎるのか、あるいは音楽作品としての評価が他の傑作と比べて格段に落ちるからなのか、どのレーベルもなかなか全曲録音には踏み切れないようだ。ただし、このカペレ盤を聴けば、「他の演奏は聴かなくてもいい」と思わずにはいられない。というのも、黄金時代のカペレが、祝典的な雰囲気を爆発させる序曲から、CD3枚目の最終場面まで、猛烈なボルテージで演奏しているからである。序曲ひとつ取ってみてもカペレの他の録音(どれとはあえて言えないが...)を大きく引き離すドラマティックな演奏だ。オケの輝かしいサウンドも比類がない。序曲後半、反逆者達を許すリエンツィの寛容を讃える行進曲風の旋律が現れると、そこはもう興奮と熱狂が待つ場所となっている。わずか11分の序曲であるが、この中にCD3枚分のエッセンスが凝縮されている。オケが一体となってライブのように熱狂しつつも、まるで乱れることなく、最高のアンサンブルを維持しているのである。私はEMIの録音には不満を感じることが多いのだが、このCDばかりはバランス良く最高のサウンドを聴かせてくれると思う。この熱狂は、驚くべきことに、そのまま全曲を通じて維持されるのである。なぜ驚くべきことか、というと、この録音はかなり日時を跨いでいるからである。1974年と76年でまず分かれ、その中でもいくつかのセッションに分かれているようだ。全部で5幕もあるオペラだから一度に録音するわけにはいかないのだろうが、同じ熱狂を、プロだからといってその都度再現できるものなのだろうか? それができる指揮者とオケ・合唱団というのは、希少なのではないか?
合唱団の出来はすばらしくいい。この合唱団はライプツィヒの放送合唱団と地元ドレスデンの歌劇場合唱団の混成だが、声質も声量も、そしてアンサンブルもこの上ない。カペレはこの大合唱団に対抗することなく、合唱団(やソリスト達と)有機体のように音楽を作り上げていく。その様は、ゼンパー・オパーでの実演さながらの迫力を伴っている。ドラマティックで輝かしいのはカペレサウンドだけではなく、この合唱団があるからこそオペラが生き生きとするのだ。ソリストには70年代はじめからヘルデン・テノールとして一時代を築いてきたルネ・コロをタイトル・ロールに配置するなど、老舗EMIらしい心配りも見える。これで名盤ができる条件はほぼ揃ってしまうのである。そして極めつけは指揮者である。このホルライザーという熱狂を作り出す指揮者は何者なのだろうか?
ホルライザー
ホルライザーは1913年にミュンヘンに生まれ、戦中のカペレ指揮者であったエルメンドルフにも師事している。音楽之友社刊「指揮者のすべて」によれば、バイエルン、デュッセルドルフ、ウィーン、ベルリン、メトなどドイツ内外の名門歌劇場の指揮者を歴任している。が、どうにも録音が少ない。この「リエンツィ」を聴く限り、相当な腕前だったと思われる。同列に扱っていいものかどうか分からないが、ホルスト・シュタインといい、ホルライザーといい、日本ではあまり知名度が高くなく、CDの数も少ないが、立派な仕事をする職人的な指揮者はいるものだ。カペレの録音史を見ても、ホルライザーの名前はこの「リエンツィ」以外なかったように思うが、まことにもったいないことだ。これだけの指揮者であれば、カペレともっとたくさんオペラ録音を残してほしかった。
何はともあれ、カペレ最高の録音のひとつ、「リエンツィ」。CDショップで見かけたら、すぐに購入することを強くお勧めする。長大なオペラだが、まず飽きずに聴かせてくれるだろう。
2000年1月4日、An die MusikクラシックCD試聴記