An die Musik 開設11周年記念 「名盤を探る」
第18回 ストラヴィンスキーの後期小品集
文:青木三十郎さん
■ 新世代の名盤:ティルソン・トーマスの “STRAVINSKY IN AMERICA”
ストラヴィンスキー
- 星条旗(ストラヴィンスキー編曲)
- サーカス・ポルカ
- 頌歌(3部作)
- ロシア風スケルツォ
- バレエの情景
- 12の楽器のためのコンチェルティーノ
- アゴン(12人のためのバレエ曲)
- 祝賀会前奏曲(ピエール・モントゥーの80才の誕生日のために)
- カノン(ロシアの俗謡による)
- 管弦楽のための変奏曲(オルダス・ハックスリーの追想のために)
マイケル・ティルソン・トーマス指揮ロンドン交響楽団
録音:1996年4月22-23日 EMIスタジオ1,アビー・ロード,ロンドン
RCA(国内盤:BMGジャパン BVCC-768)こういう「コンセプト・アルバム」にめっぽう弱いわけです。今回改めてそう思った。ストラヴィンスキーのアメリカ時代(1939年以降)の曲が集められていて、こういった曲の自作自演の場だったという「マンデー・イヴニング・コンサート」に最初は観客として、のちに演奏者として参加したL.A.ボーイのマイケル・ティルソン・トーマス(以下MTT)が指揮している。ライナーノートにはMTT自身がストラヴィンスキーとの親交を綴り、表ジャケットは二人がオープンカーで夜のL.A.を走っているユーモラスなイラスト、裏にはツーショットの写真。CD作品としてのコンセプトは完璧です。
もちろん演奏もいい。このCDで初めて聴く曲も含めて、楽曲の特徴や魅力が素直に伝わってくるクリアでストレートな快演。ただ、たとえばサンフランシスコ響とのハルサイやコープランドなどを聴いたときに感じたリズムのシャープなキレ、反応のスピーディーさ、などは約70%(当社比)と控えめ。そっち方面への過剰な期待を持つ人にとっては、ちょっと物足りないかもしれません。この30%の差はやはりロンドン響の個性やMTTとの相性のせいか?
そんな中で当アルバムの価値を大きく高めているのが、総収録時間の1/3を占めるメインコース曲「アゴン」です。最初と最後に出てくるファンファーレ風の箇所(リヴェットの『美しき諍い女』に使われた部分)以外は退屈だと感じていたこの曲が、全篇沸き立つようなキラキラした魅力に満ち、なんとも楽しい聴きものになっている。それまで聴いていたアシュケナージ盤とは別の作品に思えるほど。じつに上手いです。こういう曲になるとロンドン響の名技も際立ってきますね。
他の曲も、不思議なハーモニーのアメリカ国歌、親しみやすい「バレエの情景」、「ハッピーバースデー」を解体再構築した「祝賀会前奏曲」、「火の鳥」終結部の旋律を基にした「カノン」などなど、後期ストラヴィンスキーの愛すべき作品がぎっしりの75分。マイケル・スタインバーグによる懇切丁寧な解説も、なかなか参考になる。「バレエの情景」と「アゴン」が(インデックスはあるけど)トラック分割されていない点を除けば、文句なしの名盤だと思います。
で、このユニークなアルバムの比較対象にふさわしいようなCDがあるのか? いろいろ探して、見つけました。えらく古い自作自演盤なんですけど。
■ 旧世代の名盤:“IGOR STRAVINSKY CONDUCTING AND PLAYING HIS OWN WORKS”
ストラヴィンスキー
- 花火 Op.4 (1908)
- 頌歌 (1943)
- 4つのノルウェーの叙情 (1942)
- サーカス・ポルカ (1942)
- エボニー・コンチェルト (1945)
- ロシアの歌 (1937)
イーゴリ・ストラヴィンスキー指揮(a-e、ピアノ-f)ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団(a〜d)、ウディ・ハーマン楽団(e)
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン-f)
録音:1946年1月28日(a),1945年2月5日(b-d) 以上カーネギー・ホール,ニューヨーク/1946年8月19日 ハリウッド(e)/1946年5月9日 ニューヨーク(f) (すべてmono)
Columbia(輸入盤:Sony Classical SX9K 64136 1999)“THE ORIGINAL JACKET COLLECTION”シリーズの”STRAVINSKY CONDUCTS STRAVINSKY”という9枚組セットに、ボーナス・ディスクとして入っているもの。1948年に”MEET THE COMPOSER”シリーズの最初の一枚として出たLPの、これは初CD化だとのこと。1948年といえばLP元年ということになっているらしいんですが、ジャケットにも目立つ位置にLPマークが入っていたりして、新メディア・フォーマットに対する当時の盛り上がりが伝わってくる。ちなみにこの“THE ORIGINAL JACKET COLLECTION”シリーズの紙ジャケットはよくぞまあここまで・・・と呆れるほど不細工なつくりで、アメリカらしいといえばいかにも、な大らかさ。寛容のココロを要求されます。
さて当「自作自演集」とMTTの「ストラヴィンスキー・イン・アメリカ」との関係ですが、楽曲としては「頌歌(オード)」と「サーカス・ポルカ」しか重なっていないものの、主にアメリカ時代の作品集というコンセプトが共通している。いやそれは後から見てそう思えるだけで、当時はむしろ「ストラヴィンスキー新作集」だったんでしょう。b)からe)の4曲が録音されたのはいずれも作曲から3年以内、e)に至っては初演からわずか5ヵ月後です。
オープニングは、これだけが旧作となる「花火」。リスナーになじみのない新曲だけの構成にしなかったのは、アルバムセールス面への配慮なのかもしれませんが、違和感なく2曲め以降につながっていくので、プロローグ的なイメージ。「ストラヴィンスキー・イン・アメリカ」の冒頭が編曲モノだったことが想起されます。サウンドはわりとクリアとはいえ、大編成を構成する楽器群の分離はやはり厳しい。少々湿っぽくも聴こえる「頌歌」やあんまり叙情的でもない「ノルウェーの叙情」も、演奏がすっきりドライ系なせいか諧謔性が先にたち、明快に進行する感じ。続く「サーカス・ポルカ」はかなりアクセント強めで、ゆがめられて出てくるシューベルトの軍隊行進曲が実に強烈、なんだか説教されている気分になったりも。
メイン曲と思われる「エボニー・コンチェルト」は、作曲依頼主であり初演者のウディ・ハーマンと競演している貴重な記録。たしか再録音はベニー・グッドマンでどちらもジャズメンだし、オーケストラではなくビッグバンド編成、でもストラヴィンスキーの個性濃厚な楽しい作品です。当時のリスナーがこの曲をいったいどのように感じたのか、想像の限界を超えてますが。哀愁に満ちたラスト曲はシゲティとのデュオで、これはエピローグ。なかなかストーリーありげな選曲と配列です。
この「自作自演集」が単独でCD化されたかどうかは不明。ネット検索するとデータ配信のサイトが出てくるんですけど。
■ まとめ
ストラヴィンスキーの指揮する演奏会にMTTが初めて行ったのは、8歳の頃すなわち1952年頃だそうです。その4年前に出たばかりの当「自作自演集」は、いわばMTTストラヴィンスキー原体験の時代へのタイムマシン。彼が子供のころ聴いていたというストラヴィンスキーのレコードの中に、これも入っていたかもしれません。
そして50年を経て、その間の思い出を背景に制作された「ストラヴィンスキー・イン・アメリカ」は、こうして「自作自演集」と並べて聴くことによってその価値をさらに増すかの如し。これは〔旧世代の名盤〕と〔新世代の名盤〕との理想的な関係ではないかと、今つくづく思います。実はこの「自作自演集」、古いモノラル録音だしどうせ特典盤だし・・・という理由で聴きもせずうっちゃっておいたCDだってぇからとんでもないやね。と深く反省し、今回の企画のおかげですばらしい発見(というか自己満足)に至りましたことを感謝、感謝。
2010年4月30日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記