An die Musik 開設11周年記念 「名盤を探る」

第19回 「ラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》、チャイコフスキー《ヴァイオリン協奏曲》、ドヴォルザーク《チェロ協奏曲》」の名盤をまとめて探る

文:松本武巳さん

ホームページ WHAT'S NEW? 「名盤を探る」インデックスに戻る


 
 

1.ラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番作品18》

 

旧名盤

CDジャケット

スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮
ワルシャワ国立フィルハーモニー交響楽団
録音:1959年4-5月、ワルシャワ
DG(国内盤UCCG4602)

新名盤

CDジャケット

ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(録音時)
録音:1984年9月、アムステルダム
DECCA(輸入盤4144752)

 

2.チャイコフスキー《ヴァイオリン協奏曲作品35》

  旧名盤
CDジャケット

ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
フランツ・コンヴィチュニー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1954年2月、ドレスデン
DG(輸入盤447427)

新名盤

CDジャケット

諏訪内晶子(ヴァイオリン)
ヴラディーミル・アシュケナージ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2000年9月、プラハ
PHILIPS(輸入盤4683692)

 

3.ドヴォルザーク《チェロ協奏曲作品104》

 

旧名盤

CDジャケット

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1968年9月、ベルリン
DG(国内盤UCCG4647)

新名盤

CDジャケット

リン・ハレル(チェロ)
ヴラディーミル・アシュケナージ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
録音:1982年、ロンドン
DECCA(国内盤UCCD5066)

 

■ 比較の根拠となった前提について

 

 旧名盤は、カラヤンと1970年にベートーヴェンの三重協奏曲で共演した、旧ソ連のソリスト3名がそれぞれ単独に録音した協奏曲録音で、ここではいずれもドイツ・グラモフォン盤を挙げております。一方の新名盤は、旧ソ連出身のピアニスト兼指揮者であるアシュケナージに焦点を当てております。ラフマニノフはピアニストとして、チャイコフスキーとドヴォルザークは指揮者としてのアシュケナージがここでの比較対象となります。

 

■ ラフマニノフ

 

 旧名盤のリヒテルは、本当に豪快に演奏しておりますし、打鍵の深さは当時の録音技術を超えて、私たちに現在もその凄さを伝えてくれます。一方、新名盤のアシュケナージは、豪快さこそありませんが、その代わりにロシア音楽の芸術面を浮き上がらせてくれています。ロシア音楽はいつも大地の響きや鐘の音ばかりを表しているのでは決して無いことを、アシュケナージは聴き手に分かりやすく表現してくれています。

 しかし、それでもなお、リヒテルの恐ろしいまでの豪快な演奏は、われわれが昔から何となく共有している『ロシア音楽』に求めるイメージを、リヒテルはまさに完璧に代弁してくれており、絶対に忘れがたいものがあります。個人的な嗜好では、アシュケナージに軍配が上がりますが、2枚のディスクともに現在でも欠かすことのできない、非常に優れたディスクでは無いでしょうか?

 

■ チャイコフスキー

 

 旧名盤のオイストラフは、本当に豪快に演奏しており、今にも弦が切れそうな豪快な響きで充満しています。一方、新名盤の諏訪内晶子は、アシュケナージの好サポートもあってか、とても緻密で、きわめて充実した音楽性を聴かせてくれます。これまた、演奏の視点は全く異なるものの、どちらも欠かすことのできない名盤だと言えるでしょう。しかし、聴き終えた際に聴き手が持つ感覚は、音楽の本来的な幅広さを、心から堪能できることに尽きると思います。

 ただし、個人の嗜好は、ここでは旧名盤のオイストラフに挙がります。これは、単にチャイコフスキーに求めているものが、個人的にラフマニノフと異なることに起因すると思っています。したがって、この結果は演奏自体の優劣を表しているのではなく、私個人の単なる嗜好として、チャイコフスキーの演奏は、旧型の豪快な演奏を好んでいることに過ぎないようにも思えます。

 

■ ドヴォルザーク

 

 ロストロポーヴィチとカラヤンの永遠の名盤が、この曲での旧名盤です。新名盤として、もしかしたら意外に思われるかも知れませんが、リン・ハレルの地味な演奏を挙げたいと思います。ここで、私が主張したいことは、旧名盤のロストロポーヴィチのドヴォルザークは、非常に名演だとは思うのですが、ドヴォルザークのチェロ協奏曲の本質からは、あらゆる角度から検討してみて、何かしら齟齬があったり、どこかこの曲の本質から乖離したりしているように思えてならないのです。

 一方のハレルの演奏は、確かに丁寧なだけに一見聴こえるかも知れませんが、アシュケナージの最も優れた美点である、音楽を妙に弄くらない点が上手く表出されており、非常に好感が持てるドヴォルザークになっていると思えるのです。そんな指揮者に上手く合わせたハレルのチェロ独奏であると思います。アシュケナージが、後年、チェコ・フィルの首席指揮者に就任したのもうなずける、そんな謙虚なドヴォルザーク像が浮き彫りになっていると思います。従って、ここでは新名盤の方に軍配を上げたいと思います。しかし、この評価は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲が、ソリストの妙技を披露するような協奏曲では無いことも、同時に意味しているように思います。

 

■ 旧名盤の共通項

 

 いずれも豪快な旧ソ連型の演奏だと思います。その一方で、決していわゆる無神経な演奏でないことも明らかだと思います。旧ソ連の演奏家の中でも、特にリヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチの3名が、傑出した芸術家であった証であったと思います。彼らは、とても豪快ではありますが、決して重戦車のように突き進むだけが能ではない、細かな表情も聴き取れる演奏をしており、3枚のディスクはいずれも、歴史的な名演奏に相応しい出来栄えであると思います。

 

■ 新名盤の共通項

 

 3枚のディスクともに、アシュケナージが絡んでいることはもちろんですが、アシュケナージの音楽的な美質が、上手く出たディスクばかりだと思います。アシュケナージは、交響曲を指揮した場合とかですと、時おり非常に単調に陥ることがありますが、協奏曲の場合は、本人がピアノのソロを担当している場合でも、伴奏として指揮に回っている場合でも、とても優れた仕上がりになっていることが多いように思います。指揮者になってからのアシュケナージは、以前よりも評価を下げているように見受けますが、私は、彼の美点を見失うことが無いようにしたいと思っています。この3枚は、彼の優れた芸術面が分かりやすく演奏に出ている、後世に残る名盤であると思います。

 

(2009年11月24日記す)

 

2010年5月6日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記