An die Musik 開設11周年記念 「名盤を探る」
第17回 メンデルスゾーンのスコッチ&フィンガル
文:青木三十郎さん
■ 新世代の名盤:シャイーの “MENDELSSOHN DISCOVERIES”
メンデルスゾーン
- 交響曲第3番イ短調Op.56「スコットランド」
(1842年ロンドン稿、トーマス・シュミット=ベステ校訂版)- 「スコットランド」交響曲冒頭のスケッチ
(1829年版、オーケストレーション:クリスティアン・ヴォス)- ピアノ協奏曲第3番ホ短調
(2006年マルチェロ・ブファリーニ補完版)- 序曲「ヘブリディーズ諸島」Op.26(「フィンガルの洞窟」)
(1830年ローマ稿、クリストファー・ホグウッド校訂版)ロベルト・プロッセダ(ピアノ-c)
リッカルド・シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
録音:2009年1月22-23日(a-d),2006年9月7-8日(e) ゲヴァントハウス,ライプツィヒ(ライヴ録音)
デッカ(国内盤:ユニバーサル UCCD-1249)メンデルスゾーン新発見! 生誕200年にふさわしいアルバム! というのがレコード会社の広告のキャッチコピー。ついでに広告本文をコピー&ペーストし、当CDの内容紹介に代えさせていただきたいと存じます。
「このアルバムには、ゲヴァントハウス管の指揮者を務めていたメンデルスゾーン作品の異稿や未完作品の補完版が収録されています。交響曲第3番は1842年にロンドンで演奏されたもので、シャイーはこれを167年ぶりに演奏・録音しました。ピアノ協奏曲第3番は未完の作品を2006年にブファリーニが補完したもの。最後の《ヘブリディーズ諸島》は、《フィンガルの洞窟》として知られる序曲の初稿です。ゲヴァントハウス管の指揮者として、メンデルスゾーンの後継者となるシャイーによるこのアルバムは、この作曲家の新たな魅力を私たちに伝えてくれます。いずれも世界初録音で、解説は交響曲第3番のロンドン稿楽譜を発見した星野宏美氏が執筆しています。」
転記おわり。なるほどコンセプトは結構だけど出来の悪い異稿を聴かされるのはかなわんな、という事前の心配は、少なくとも最初の交響曲に関しては杞憂でした。と書くと他の曲はそうじゃないのねと見抜かれるわけで、まずは最後の「フィンガルの洞窟」から。
さっきの広告文を星野宏美氏のライナーノートで補うと、作曲者の自筆譜と初版譜に基づいてクリストファー・ホグウッドが4つの校訂稿を作り、その一つが当盤収録の「ローマ稿1=序曲《孤島》」とのこと。どうせなら4種類とも聴いてみたいけどそんなCDはあまりにもマニアックか。でもこのローマ稿1は聴きなれた現行版と較べて全篇かなり違和感が大きく、改訂の過程をかいま見られた満足感よりも「ここはそうじゃないのに・・・」みたいなもどかしさが先にたつ。こりゃアカンわ、と最初は思ったものの何度か聴くうちに慣れてきて、いまやけっこう気に入ってます。そこまで繰り返し聴かせるだけの力、それはもちろん演奏と録音の魅力であり、アルバム全篇に共通することなのでここで一曲めに戻ります。
「フィンガルの洞窟」とは違って「スコットランド」の方は、現行版との相違がかなり少ない。ちょっと流れが悪いかなと感じる箇所もあるものの、ワタシにとってはクレンペラー編曲版よりはるかに許容可能なレベル。異稿の特徴を一度確認してしまえば二度目からは演奏に集中できますが、これがまぁすンばらしい。かなりの推進力をもってグイグイ進み、マッシヴに構築されてゆく。詩情や清涼感は脇に置き、熱い心を強い意思で包んだハードボイルド・タッチの〔男のスコッチ〕、荒々しい北海の光景がまぶたに浮かんでまいります(見たことないけど)。管弦楽の深みあるサウンドも味わい深く、ほの暗い寒色系の音色とソリッドな力強さがジャストフィット。コンセルトヘボウ管のつややか暖色系でブレンディな芳醇さとはずいぶん違いますが、いまどきこの個性は貴重だし個人的にも好み。ちょっと演奏の粗い箇所もあるものの、それをも含めて作品・指揮者・オーケストラの方向性がうまく一致している。こういうのを聴くと、シャイーにはヘボウよりゲヴァントハウスのほうが向いているとつくづく思います。録音も極上、ライヴ収録とは信じられぬほど。こりゃもう何度も聴きたくなりますって。
とはいえアルバム全体の流れは、断片的なb)によって大きく分断されています。c)もいまひとつ魅力に欠ける曲で、これならフィンガル/協奏曲/スケッチ//スコッチという演奏会風の配列のほうがよかったのでは? 失礼ながらジャケットもなんだか冴えないしねぇ。「作曲者ゆかりのオーケストラによる、すべて初録音のディスカヴァリーズ」というアルバム・コンセプトと演奏・録音の質においてのみ、〔新世代の名盤〕と位置づけられよう。って偉そうですね。
■ 旧世代の名盤:マークの “MENDELSSOHN IN SCOTLAND”
メンデルスゾーン
- 交響曲第3番イ短調Op.56「スコットランド」
- 序曲「フィンガルの洞窟」Op.26
- 劇付随音楽「真夏の夜の夢」Op.61 抜粋
(序曲Op.21/スケルツォ/夜想曲/結婚行進曲)ペーター・マーク指揮ロンドン交響楽団
録音:1960年4月21-22日(a,b),1957年2月27-28日(c) キングスウェイ・ホール,ロンドン
デッカ(国内盤:ユニバーサル UCCD-9189)説明不要の名盤。みずみずしい叙情性とヴィヴィッドな躍動感がほどよいバランスで両立し、ケネス・ウィルキンソンによるステレオ初期のデッカらしい音響設計とあいまって、深く満足できる一枚。ひとことで表現できるわかりやすい特徴があるわけではないけど決して没個性ではないし、この普遍性が〔名盤〕として語り継がれているゆえんではないかと思います。
ここで問題の核心はCDの体裁。上記のCDは2004年に出た「ユニバーサル・クラシックス・ヴィンテージ・コレクション」シリーズの紙ジャケット盤で、「メンデルスゾーン・イン・スコットランド」というアルバムタイトルが、ジャケットの表裏両面計3箇所も書かれている。作曲者の肖像画と1829年のスコットランド旅行で彼自身が描いた風景画を、実際の風景写真にあしらった表ジャケット。その旅行中に着想を得たa)b)二曲を並べるという企画意図に基づいた選曲、タイトル、ジャケットであり、演奏や音質とあいまっての〔名盤〕だと思うわけです。別のアルバムから選ばれたc)「真夏の夜の夢」抜粋の4曲はCD用の付け足し、オマケに過ぎません。
ところが2000年のDECCA LEGENDS盤(POCL-6044)以降、2008年のSHM-CD盤(UCCD-9684←似て非なるジャケット)、出たばかりのTHE ORIGINALS SPECIAL盤(UCCD-4414←真夏の夜の夢のジャケット)、これらはいずれも「スコッチ」と「真夏の夜の夢(全8曲)」の組み合わせになっている。「フィンガル」をカットしておきながらレジェンドだのオリジナルだのを名乗るとはもってのほか、「道化師たちの踊り」や「まだら模様のお蛇さん」がそんなに大事なんですか!とつい興奮してしまうのですが、こんなことで文句言ってるオレがアホなのか。
■ まとめ
でも、たとえばシャイーの「メンデルスゾーン・ディスカヴァリーズ」からスコッチを抜き出してヤンセン独奏のヴァイオリン協奏曲をくっつけたCDが作られたりしたら、これはもうまったく別物ですよねぇ。それと大差ない事態が生じているわけで。「新旧世代のデッカ名盤比較」にはこだわらずともここはひとつ「メンデルスゾーン・イン・スコットランド」のほうを入手していただけば、名盤を所有する満足感を得られマークの名演への愛着もひときわ増すことと存じます。紙ジャケだし。
で、改めて「メンデルスゾーン・ディスカヴァリーズ」を手に取ると、マーク盤をはじめとする数多い競合盤の中にいまから参入する上でよい演奏を収録するだけではやはり不十分、必要とされるのは「ディスカヴァリーズ」のように明確な個性・特徴なのだと改めて感じます。それはシャイー(とプロデューサーのコーナル)のアイデアだろうから、ジャケットもスコットランドの風景画ではコンセプトにそぐわず、デザインが少々冴えなくてもシャイーのポートレートで正解。デッカ専属の彼がゲヴァントハウスに移ってしまったことでヘボウのデッカ録音が途絶えてしまい、個人的には残念に感じていたわけですが、生誕200年のアニヴァーサリー・イヤーにかような名作を世に問うたことをもって、その異動も意義があったのだと納得できました。あとは彼らの来日公演を待つだけ。 ・・・えっ、終わったばかり?
2010年4月29日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記