An die Musik 開設11周年記念 「名盤を探る」

第20回 フランク「ヴァイオリン・ソナタ」の新旧名盤を、ピアニストの視点から探る

文:松本武巳さん

ホームページ WHAT'S NEW? 「名盤を探る」インデックスに戻る


 
 

旧名盤

CDジャケット

フランク作曲
ヴァイオリン・ソナタイ長調
ジャック・ティボー(ヴァイオリン)
アルフレッド・コルトー(ピアノ)
録音:1929年5月28日
EMI(国内盤 TOCE3570)

新名盤1

CDジャケット

フランク作曲(コルトー編)
ヴァイオリン・ソナタ《ピアノ・ソロ版》
江口 玲(ピアノ)
録音:2006年7月4日、東京・浜離宮朝日ホール(ライヴ)
NYS-CLASSICS(国内盤 NYS-80702)

新名盤2

CDジャケット

フランク作曲
ヴァイオリン・ソナタイ長調
前橋汀子(ヴァイオリン)
江口 玲(ピアノ)
録音:2008年7月、軽井沢・大賀ホール
エイベックス・クラシックス(国内盤 AVCL-25444)

 

■ フランクの名曲

 

 フランクのヴァイオリン・ソナタは、ヴァイオリニストであれば誰もが一度は取り組むであろう名曲だと思いますし、いろいろな楽器への編曲もなされています。ピアニストが伴奏する機会も非常に多い、そんな名曲であると思います。35年くらい前に発売されたフルートのゴールウェイにアルゲリッチがピアノ伴奏したLPなどは、非常に幅広いこのソナタの演奏例の一つだと思われます。

 

■ 古典的名盤

 

 ティボーのヴァイオリンとコルトーのピアノで、1929年に録音された古典的名盤は、その後の膨大な新録音にも関わらず、現在でも名盤の誉れ高い歴史的価値の高い録音だと思います。そして、この名盤の価値を高めている一つは、非常に雄弁なコルトーのピアノ伴奏であろうと思うのです。そのコルトーが、このヴァイオリン・ソナタを《ピアノ・ソロ版》に編曲し、楽譜が出版されていることは、意外に知られていない事実かも知れません。たまたまピアノ弾きでもある自身は、コルトーのピアノ・ソロ版を所持しているため、今回の特集では、あえて旧名盤として、ティボー=コルトーを、そして、新名盤として、2009年にヴァイオリンの伴奏と、ピアノ・ソロ版の2枚のディスクがほぼ同時に発売された、日本人ピアニスト江口玲に焦点を当ててみたいと思います。

 

■ 江口玲のこと

 

 私と年齢が近く、かつ知遇もあるため、昔からの知り合いであるように思われるかも知れませんが、実は彼を知ってからそんなに日時は経過しておりません。ただ、彼は東京藝術大学の作曲科出身(附属高校の出身でもあります)であること、独奏者としてよりも伴奏ピアニストとして先に知られる存在になったこと、ガーシュィンのピアノ・ソロ編曲版の楽譜が出版されているように、現在でも彼は作曲活動を継続していること、大学卒業後はほぼ一貫してニューヨークに居を定めていること、等々が挙げられますが、いずれも他から引用同然の知識に過ぎません。

 

■ 2006年7月4日浜離宮朝日ホール

 

 当該CDがライヴ収録された会場で、私も彼の演奏を聴いておりました。この曲に限らず、彼の演奏は、音楽の勢いと流れを非常に重視した演奏で、テクニカル面だけを捉えますと、超絶技巧を有しているにも関わらず、いわゆる表面的なミスタッチは、意外に多いピアニストです。しかし、このことを私は肯定的に捉えております。音楽の本質は、正確に弾くことが第一義であるのでしょうか? 多分違うと思います。もちろん、技巧上の破綻があって良いわけではありませんが、細かいミスを防ぐ方向に意識が縛られてしまい、弾き手も聴き手もまるで裁判官のようになってしまっている昨今の演奏界にあっては、意外なほどこのこと一つを取ってみても異色の演奏家であろうと思うのです。

 

■ コルトーの技巧

 

 コルトーは、本当に始終言われることですが、現在の音大を基準に判断すれば、そもそも入学も卒業も叶わないであろうほど、テクニック自体の弱い名ピアニストであったと言われております。しかし、コルトーの技巧は、1925年に電気吹込みが開始される以前がピークであったように思いますし、戦後に演奏活動を再開後に見られた悲惨な技巧は、戦争後の一時期、演奏活動を禁止された結果であるとも言えるでしょう。本当に技巧が最盛期も弱かったのかは、実は結構疑問に感じております。

 一方、コルトーは、「コルトー版」と呼ばれる校訂版楽譜を出版しております。特にショパンとシューマンに関しては、非常に多くの「コルトー版」が出されており、この楽譜に書かれた詳細な演奏上の注意書き(フランス語。一部の楽譜は英語版や日本語版も出されております)は、若い頃のコルトーの技巧面が、われわれの想像以上にしっかりしたものであったことを十分に推測させます。

 

■ 江口玲の技巧

 

 一方、江口の技巧が、一見して若干弱いにもかかわらず、超絶技巧曲を多く披露しているように思えるのはなぜでしょうか? これは、私は、江口がピアノ科出身で無いことを単に意味するに過ぎないと思うのです。しかし、もしも彼が、国内に卒業後もそのまま留まっていたとしたら、現在のピアニスト江口玲は存在していなかったかも知れません。日本には往々にしてそのような嫌いが今もなお残っていると思えてなりません。

 しかし、ここで江口が、他の誰とも異なるのは、彼はピアニストであるよりも作曲家であるよりも以前に、まずは音楽家であり、そして学者であることに尽きるように思います。彼のピアノは、学者がレクチャーをするための技巧として捉えると、一転して過去に前例が無いほどに高く、また彼の奏でる音からは、《音楽の勢い》と、《打鍵の威力》と、《強い推進力》と、《深い響き》と、《リズム感》と、《テンポ感》が聴き取れ、そして何よりも演奏者の《知性と教養》を感じさせる、そんな音なのです。私が彼に惹かれるのは、こんな彼の《音》の魅力に対してであるのです。

 

 コルトーの編曲について

 

 江口自身が、書いていることをここではまず引用してみたいと思います。

 『フランクのバイオリンソナタ、さて今まで一体ステージ上で何度演奏しただろうか?50回?60回?いやいやそれどころではないかもしれない。それほどのバイオリンとピアノのデュオの定番である。ピアノパートは言わずと知られた難曲、それをこともあろうかピアニスト一人で弾いてしまおうと言う、とんでもないことを考えたのがコルトーである。

 長いレガーティシモのメロディーをピアノで演奏するのは、バイオリンの魅力を充分知っているから、余計につらい。でも大音量、大疾走というバイオリンと一緒の時には許されがたい暴挙も、一人ならではの楽しみではあるし、、、などと思いながらこの大曲に挑んだのである。

 が、ここで大きな難関にぶち当たる。コルトーは私の解釈とは明らかに違い、私が欲する様なスピードで演奏することを前提として編曲していないのであった。さらに原曲に耳慣れているがために、少しでも音が省略されていると非常に気になる。またさらなる問題は、原曲を暗譜している故、一人でバイオリンパートまで演奏するとなると指も頭も混乱を極めたのである。嗚呼、、、、。(以下省略)』(原文のママ)

 私は、当初、この江口の講釈を読み誤ったようで、最初は江口はコルトーよりも全体にかなり速いテンポを取りたいと欲したという風に勘違いしたのです。実際には、第1楽章は江口はコルトーよりもかなり速いテンポで駆け抜けるものの、第2、第3楽章では、非常に良く歌う江口のピアノは、結果的にコルトー自身のテンポよりも遅いものとなったのです。

 さらに、コルトー編曲の楽譜を見ながら聴いていて気付いたのは、江口がしっかりと歌いたいと欲し、意図的にテンポを落としているような部分で、コルトーは反対に原曲の音の一部を省略している部分が、実は意外に多いのです。また、江口が大音量で激しく奏したいと欲する部分も、まるで図ったようにコルトーは正反対に音符を省略してしまっているのです。

 これ以上細かく書くのは、この小文の主旨に反するので止めようと思いますが、ピアノ弾きコルトーがピアニスティックに拘ったピアノ・ソロ版の編曲の意図と、江口が作曲家としての視点も合わせて、ピアノのソロで弾こうとしたこのソナタに対する演奏志向とは、相当に相容れない部分があったことは想像に難くないですし、結果として発売されたディスクには『コルトー編』とクレジットされてはいるものの、江口自身が最終的に加筆を行った模様や経緯も、完成したディスクから散見されます。

 

■ 江口玲が伴奏した当該ソナタ

 

 ここでは、発売時期の近かった前橋汀子との共演を挙げておきましたが、江口が結果的に、旧名盤として誉れ高いコルトーが、自分自身のために編曲したピアノ・ソロ版を、少なくとも一定期間取り組んだことは、ヴァイオリン・ソナタの伴奏者を務める際にも想像以上の大きな力となって、江口自身に跳ね返ってきたように思います。この著名なヴァイオリン・ソナタの、ピアノ演奏の第一人者として、現在では間違いなく江口玲の名が、誰よりも真っ先に挙げられるべきであると思いますし、それだけの実も挙がっているように見受けるのです。

 

■ さいごに

 

 私は、このフランクの名作の新名盤として、あえてピアニスト江口玲の一連の演奏を挙げることにしたいと思います。また、それだけの成果を彼が残していると信じますし、新名盤として相応しい実績もすでに十分積んでいると思います。最新発売のライヴ集は2点ありますが、いずれも広く聴かれるに値するレベルに到達していると思料します。2枚とも、レコード芸術誌の特選盤にも選ばれているようですが、日本人演奏の国内発売盤に対してきちんと評価する姿勢の欠けることが多かった当該雑誌のディスク評を久しぶりにご案内したいと欲した次第で、これをもってこの小文を閉じたいと思います。

 

(2009年11月25日記す)

 

2010年5月7日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記