An die Musik 開設11周年記念 「名盤を探る」

第9回 シューマンの交響曲第2番

文:伊東

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 「名盤を探る」第9回です。今度はシューマンです。交響曲を取り上げるのであれば第3番「ライン」か第4番を取り上げた方が分かりやすいのでしょうが、私は天の邪鬼なので第2番にしました。

 シューマンの交響曲は指揮者にとって難物であるようで、モーツァルトやベートーヴェンに比べると録音数も少ないのですが、一部の指揮者にとっては大変な愛着があるらしく再録音も珍しくはありません。交響曲第2番もバーンスタイン、クーベリック、インバル、マズア、ムーティ、レヴァイン、エッシェンバッハ、シャイーらが再録音をしています。ちょっと意外な顔ぶれですね。

 それはともかく、旧時代における代表的な録音をまず挙げておきます。

 

■ 旧時代の録音

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団
録音:1979年5月18-26日、ミュンヘン、ヘルクレスザール
SONY(国内盤 SICC 259)
交響曲第1番とのカップリング

 1964年のベルリン・フィルとの録音(DG)以来、15年ぶりの再録音ですが、この頃のクーベリックによるSONY録音はモーツァルト、ブルックナーなど優れたものばかりです。このシューマンも、交響曲としての骨格を明確に示した名演奏でした。オーケストラは明るめの音色を基調にし、輝かしさと美しさの両方を兼ね備えています。指揮者クーベリックの存在感が希薄であるような印象を持ってしまうほど仕上がりが流麗ですが、指揮者の指示は徹底しています。オーケストラの動きが優秀な録音によって克明に収録されているのでそれが手に取るように分かります。その演奏に全く違和感がないのは、クーベリックの解釈が必然的であるためです。

 私にとって、シューマンの交響曲第2番がこれほど美しく演奏されるとは想像もできないことでした。全4楽章中の白眉は第3楽章 Adagio espressivo です。感傷に溺れるのでもなく、ごく自然な演奏ですが、高貴さが漂います。

 もうひとつ、An die Musikならではの選択ですが、サヴァリッシュ盤です。

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1972年9月1-12日、ドレスデン、ルカ教会
EMI(輸入盤 7243 5 67771 2 5)
シューマン:交響曲全集より

 私としてはシューマンを語る際にこの録音を外すわけにはいきません。サヴァリッシュがシュターツカペレ・ドレスデンを指揮したシューマンの交響曲全集は、録音史上のひとつの奇跡です。あまりにオーケストラが素晴らしいので、それだけを聴き、満足できます。どのセクションの音色も極上であり、しかも演奏の中で有機的に響き合っています。サヴァリッシュはこの響きを完全に生かしてシューマンの理想的な演奏を実現させました。解釈としてはオーソドックスですが、ロマンの香り漂う名演奏です。

 なお、この録音は、artリマスタリング盤が登場し、音質が改善したおかげで最新録音に対しても遜色がなくなりました。

 旧時代の代表録音としては他にバーンスタイン盤かシノーポリ盤を挙げたいところですが、シノーポリならば、シュターツカペレ・ドレスデン盤を取りたいです。

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
ジュゼッペ・シノーポリ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1993年10月、ドレスデン、ゼンパーオパーにおけるライブ
DG(輸入盤 439 923-2)
シューマン:交響曲全集より

 シノーポリは1983年にウィーン・フィルとシューマンの交響曲第2番を録音しました(DG)。シノーポリのほぼ最初期の録音であり、センセーショナルでした。特に、CDにはシノーポリによるシューマンの病理解説が掲載されるなど、精神分析面からのアプローチが強調されていました。しかし、私はシノーポリはそうした理屈を振り回す側面がある以前に、熱血音楽の指揮者だととらえています。1993年に録音した第2番でもシノーポリは頭に血が上っているのか熱烈で、怒濤のような演奏をしています。オーケストラの響きはやや重めなので、ものすごい迫力です。この全集は、第2番以外がルカ教会でセッション録音され、第2番はゼンパー・オパーでライブ録音されました。シノーポリはこの勢いが欲しかったのではないかと私は睨んでいます。残念なのは、あまりに勢いがつきすぎ、第3楽章は味わい深かったウィーンフィルとの旧録音に及ばなかった点です。ここはいかんともしがたいです。

 この全集は発売当初、シュターツカペレ・ドレスデンのファンからは冷たくあしらわれたものです。私も良い評価をしませんでした。今振り返ってみると、なかなかどうして。演奏もオーケストラの響きも十分評価できます。ひどい音だと思った録音状態にしても、シュターツカペレ・ドレスデンの音をしっかり収録しようとしたエンジニアたちの努力が伝わってくるようです。思えば、私は意味もなくシノーポリを拒否していたわけです。同時代人の演奏をよくよく虚心坦懐に聴けなかったのですね。

 さて、新時代の録音です。クーベリックやサヴァリッシュの演奏に対抗できる録音は現れていますでしょうか。

 

■ 新時代の録音

 

 既にシノーポリの1993年録音を旧時代として取り上げてしまいましたので、時代が若干前後します。まずはピリオド楽器による演奏をみてみましょう。3点挙げますが、これらは十分名盤だと言えます。

 

■ ピリオド楽器による演奏

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
ロイ・グッドマン指揮ザ・ハノーバー・バンド
録音:1993年6月21-23日、11月23-25日、ロンドン、アビー・ロード・スタジオ
TOWER RECORDS=RCA(国内盤 TWCL-2003〜4)
シューマン:交響曲全集より

 最初にピリオド楽器による全集録音を果たしたのはグッドマン指揮ザ・ハノーバー・バンドでした。多くの指揮者・オーケストラがシューマンの交響曲に挑み、工夫を重ねながら演奏をしてきた歴史があったはずなのですが、グッドマンはその歴史を軽々と乗り越えてしまいました。オーケストレーションの未熟さ、弱さに関する過去の指摘がいかに意味がなかったかを示してしまったのです。ピリオド楽器で演奏したシューマンがよもやこれほど魅力的だと私は夢にも思いませんでした。グッドマンはシューマンの音はこうあるべきなのだと強い信念を持って演奏しています。例えば、金管楽器が左右で激しく鳴り響く様は圧巻としか言いようがありません。ピリオド・アプローチが浸透した今日でもなおこの録音は新鮮な驚きをもたらします。かなり吟味をした末の録音だったに違いありません。廃盤にならないことを期待します。

 次は1995年録音のアーノンクールと言いたいところですが、今回は取り上げません。ヘレヴェッヘの登場です。

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団
録音:1996年1月、ナント
harmonia mundi (輸入盤 HMA 1951848)
交響曲第4番とのカップリング

 シューマンの交響曲には風土性があり、ドイツ・オーストリア系の音楽家の中でもごくこだわりのある演奏家が取り組むものだと偏見を持っていた私はヘレヴェッヘがシャンゼリゼのオーケストラと録音した際には奇異に感じたものです。よほど奇妙な演奏をしているに違いないと思って聴いてみると、これが面白くてたまらないのです。ハノーバー・バンドの演奏でも相当鋭く斬新な響きを出してシューマンを堪能させてくれたのに、ヘレヴェッヘ盤はいっそう先鋭化しています。第1楽章の後半は今まで聴いたこともないような目くるめく音響で満たされます。ピリオド楽器で演奏した場合、弦楽器は大音量とはならないので、その分木管楽器と金管楽器が前面に張り出してきます。ホルン、トランペットの最強音が同時に鳴り渡るときの響きはモダンオーケストラでは到底味わえない強烈さです。

 これをヘレヴェッヘはフランスのナントで録音しているのですが、フランス国内で実演もしたに違いありません。聴衆がかりにシューマンの交響曲に全く馴染みがなかったとしても、さぞかし熱狂したに違いありません。

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク
録音:1997年5,10月、ワトフォード
ARCHIV(輸入盤 457 591-2)
シューマン:交響曲全集より

 シューマンの交響曲全集の中でもひときわ輝くのがガーディナー盤です。通常の全集が2枚で収まるのに、ガーディナー盤は3枚。初期の「ツヴィッカウ交響曲」、「序曲、スケルツォとフィナーレ」、「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュトュック」を収録しているほか、交響曲第4番については1841年稿と1851年稿の両方を収録しています。資料的な価値が高いだけでなく、演奏も極めて優れています。交響曲第2番の場合、先鋭さでは若干ヘレヴェッヘ盤に劣りますが、聴き応えは十分です。ヘレヴェッヘ盤と録音が1年しか違いませんが、お互い、自分こそが最もシューマンを完璧に再現していると気負い込んでいたのではないでしょうか。こうしたピリオド楽器による録音を聴くと、癖になってしまい、モダン楽器に戻れなくなりそうです。


 私がピリオド・アプローチによる演奏を初めて聴いたのは、モーツァルトの演奏でした。非常に違和感があり、虫ずが走ったのをよく覚えています。ところが、シューマン演奏では最初から違和感を覚えることなく、すんなりと受け入れることができました。これは私の慣れなのか、ピリオド・アプローチが最もうまく適用できた作曲家だったからなのかよく分かりません。ピリオド・アプローチ、特に楽器までもピリオド楽器にした場合の欠点は、崇高な第3楽章がただの緩徐楽章になりがちであることです。演奏時間も短くなり、実に素っ気ないです。もっとも、第3楽章を極端にロマンティックな曲ととらえなければ済むことですが。

 さて、モダン楽器による通常の演奏はどうなっているでしょうか。シューマンはいかにも人気がなさそうなのですが、その割に大家たちの録音が次から次へとリリースされています。最近の例では、2003年にバレンボイムが手兵シュターツカペレ・ベルリンを指揮した全集が録音されています。

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン
録音:2003年3月12-14日、ベルリン
TELDEC(輸入盤 2564 6179-2)
シューマン:交響曲全集より

 全4曲を収録したこの全集は、バレンボイムが鍛え上げたシュターツカペレ・ベルリンによる強力な演奏が詰め込まれています。交響曲第2番にしても、苦悩・勝利・歓喜をベートーヴェン的に追求したような演奏になっており、シューマンの持つ暗さは影を潜め、攻撃的・外向的になっています。こうしたシューマンを嫌う人も多いと思いますが、バレンボイムは確信を持って指揮しておりますし、シューマン演奏のひとつのスタイルには違いありません。

 その後、2006年にはシャイーがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を指揮して交響曲全曲を再録音しました(DECCA)。新録音では、作曲家ゆかりの地のオーケストラを指揮しているだけではなく、マーラーの編曲版を使っています。マーラー版を知るための資料として有用でしょう。

 これだと、ピリオド楽器の録音しか名盤がなさそうですね。この「名盤を探る」という企画は、現代の演奏家たちによる名録音について検討するものですので、今回は若手指揮者による取り組みに焦点を当ててみます。一般常識では若手とは呼べないのかもしれませんが、老人指揮者が多いので1960年前後の生まれは若手とくくってしまいます。

 シューマンではウェルザー=メスト、ティーレマン、オラモが録音をしています。

 

■ 若手指揮者の取り組み

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
フランツ・ウェルザー=メスト指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1992年10月、ロンドン、アビー・ロード・スタジオ
EMI(国内盤 TOCE-13402)
交響曲第3番「ライン」とのカップリング

 ウェルザー=メストは1960年生まれですので、この録音はウェルザー=メストが30歳をちょっと超えたところで録音したことになります。細身でいかにも神経質そうなウェルザー=メストのジャケット写真を見ますと、さぞかしぎこちない演奏をしているだろうと意地悪な予想をしたくなるのですが、意外にも堂に入った演奏をしています。シューマンの交響曲第2番は、カラヤンでさえ手を焼いたといわれ、演奏効果の上げにくさでは定評があるようですが、ウェルザー=メストはオーケストラを存分に鳴らし、この曲を重心の低い響きで立派に演奏しています。彼はこの頃既に第2番をレパートリーに加えていたので、ここまでこなれた演奏ができたのですね。

 これを今聴くと、ウェルザー=メストが今年2010年からウィーン国立歌劇場の音楽総監督に就任することを知っている私たちは、彼がその当時からドイツ・オーストリアものの本流にいるという自負を持っていたのかと思い込みたくなります。さすがに20年近く前の録音ですので、今のウェルザー=メストはもっと優れた演奏をするでしょう。再録音を期待したいところです。

 次はティーレマンです。

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
クリスティアン・ティーレマン指揮フィルハーモニア管弦楽団
録音:1996年7月、ロンドン
DG(国内盤 UCCG-4124
「マンフレッド」序曲、4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュトュックとのカップリング

 ティーレマンは1959年生まれ。ベートーヴェンの交響曲第5番、第7番でCDデビューを果たした彼はその後いろいろな作曲家の作品を単発で録音しますが、シューマンについては交響曲全曲を録音しました。シューマンに対する意欲は相当なものだと思われます。

 この第2番にしても、細かいところまでこだわりを見せており、オーケストラに徹底させているので第4楽章の最後の音が終わるまで聴いている方は気が抜けません。演奏の方向としてはバレンボイム以上にアナクロなところがあり、まさに重量級です。大編成のオーケストラで重厚かつ壮麗に奏でるという実にわかりやすいスタイルです。彼はドイツ音楽ではこの王道とも言えるスタイルを貫きたいのでしょう。ピリオド・アプローチなどは眼中になさそうです。

 気になるのは、ベートーヴェンの際もそうだったのですが、ティーレマンの細部に対するこだわりが必ずしも必然的であると感じられないことです。この点はクーベリックなどの往年の大家に及びません。オーケストラに徹底させる手腕は十分評価に値しますが、ティーレマンの細部へのこだわりを受け入れられない人には耐えられない演奏でしょう。ただし、ひとたびティーレマンを受容した場合、演奏を聴き終わった際のカタルシスは絶大です。シューマンはおそらく交響曲は壮大であるべきだと思っていたと私は認識していますが、もしその認識が正しければ、ティーレマンの演奏を聴いてシューマンは歓喜するに違いありません。

 なお、このCDは収録曲が「マンフレッド」序曲、「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュトュック」、そして交響曲第2番となっており、しっかりとシューマン・アーベントを構成しています。こうしたCDの作りは大変好感が持てます。

 最後はオラモです。

CDジャケット

シューマン
交響曲第2番 ハ長調 作品61
サカリ・オラモ指揮ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2009年9月、ストックホルム・コンサート・ホールにおけるライブ
SONY(国内盤 SICC 1339〜40)
シューマン:交響曲全集より

 フィンランド出身のオラモは1965年生まれです。また、目下のところ、これがシューマンの最新録音でしょう。こちらはティーレマンとは逆で、おそらくはオーケストラの人数も絞って演奏し、引き締まったシューマンを目指しています。引き締まってはいますが、単純に軽量にはなっていません。十分オーケストラのパワーを引き出した上で、透明感のあるすっきりとしたシューマンを聴かせてくれます。暗くもなく、病的でもないシューマンです。オラモはこれをライブ録音していますが、ライブとは思えない緻密なアンサンブルですし、新たな時代の明るいシューマンの出現と言えます。

 私としてはティーレマンに大きな期待をかけたいところです。シューマンでは一度録音した指揮者が再録音をしたがる傾向が読み取れるので、若手指揮者の成長を見る上でも今後の録音を望みたいのですが、それがCDというフォーマットで実現するのかどうか、疑問であります。

 

2010年4月10日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記