ルドルフ・ケンペ生誕100周年記念企画
「ケンペを語る 100」ケンペのブラームスを聴く:交響曲その2
ケンペの生前に公式録音として世に出されたブラームスの交響曲は、前回採り上げた二つの全集以外に二点あります。
ブラームス:交響曲第4番
ロイヤル・フィルハーモニー
録音:1960年2月14、22,23日、ロンドン、アビーロード第1スタジオ
英TESTAMENT(輸入盤 SBT12 1281)「第4」としてはベルリン・フィルと録音した4年後、しかもその全集の最後の録音であった「第3」と同年に録音されています。1960年という年はケンペが初めてバイロイト音楽祭で「リング」を指揮した年でもあります。病から回復したケンペが活躍を始める、幕開けの年の録音でした。
演奏は若々しさに満ちています。第一楽章は、MPO盤に比べて演奏時間の差以上にきびきびとした音楽の進め方が目立ちます。まだビーチャムの支配下にあったロイヤル・フィルの美点を存分に駆使していると感じますし、BPO盤の「第4」よりもアインザッツのキレが良いのです。これはケンペの音楽作りが病後に変化したためなのか、ロイヤル・フィルというオーケストラ、あるいは録音方法の違いなのかどうかは分かりません。第二楽章もより劇的であり、第三楽章でもオケはケンペの指揮に鋭敏に反応しています。後半は自然に加速されていくのがライブのような感興をもたらしてくれます。第四楽章は弦楽器の運弓がうなりを上げるかのように速く、熱狂のまま終結します。
このRPO盤は発売後、一定の高評価を得ていたように記憶しています。RPO創設者であり、音楽監督でもあったトーマス・ビーチャムが自分の後継にケンペを指名して説得を行ったのが、同じ1960年の初夏と伝えられていますので、もしかするとこの録音が、ビーチャムの指名に関係しているのかもしれません。そのビーチャムとケンペの面談は、尾埜善司先生著『指揮者ケンペ』(芸術現代社)によると以下のように10分足らずで終わったそうです。
ビーチャム
「ケンペさん。ロイヤル・フィルのことだが、是非これから私と協同で指揮して頂きたいんだ。(中略)『イエス』か『ノー』かで返事をしてくれたらよい。人生ちゅうものは、どれくらいシンプルになれるかってことにお気づきだろうからね。」ケンペは翌日「イエス」と回答し、RPOのアソシエイト・コンダクターに就任したのが同じ年の6月でした。ビーチャムは見届けたかのように翌1961年3月に死去、ケンペは第二代常任指揮者となります。RPOは一時存続の危機もありましたが乗り越え、1970年にケンペは終身指揮者の称号を得るほどの信頼関係を築くのです。このディスクはそうしたケンペとRPOとの巡り会いの貴重な記録と言えます。
ブラームス:交響曲第2番
:ハイドンの主題による変奏曲バンベルク交響楽団
録音:1963年6月4-10日、バンベルク、文化の間
独RCA(輸入盤 74321 32771 2)ケンペがバンベルク交響楽団(以下、BSO)の常任客演指揮者であったころに集中的に行われた録音の一つです。いつ聴いてもBSOの音色の良さに惚れ惚れしてしまう演奏です。どちらかといえば、MPOに近い木目調の暖かい音質で、アンサンブルも極上ながら鋭さはないという点も近いものがあります。
しかし、BSO盤にはMPO盤とは違う輝かしさがあります。第一楽章からケンペの指揮はBSOに徹底されており、フレーズの受け渡し、音色の変化、それを支えるかのようなティンパニの奥深い響きなど聴き所が満載です。第二楽章は冒頭のチェロの心のこもった旋律を聴くだけで並の演奏ではないことが歴然としています。何もしていないようで音色は刻々と変化していき、論理的に当然行きつくだろう帰結に至ります。MPO盤でも同じことをしているのですが、BSO盤はもっと聴き手にわかりやすく迫ってきます。このような演奏を受け継いでいる最新ディスクを、最近聴いた何枚かでは巡り会うことはできていません。第三楽章は表現がとても濃厚でゆったりと踊っているかのような自然な起伏があります。最後の「タメ」もとても上品です。最終楽章はテンポこそ穏当でありながら、ここぞというところで音楽を加速させるので、全体に腰の据わった興奮に満ちています。BSOで全集とまではいかなくても、せめてあと「第3」が遺されていたらと思ってしまう、そんな演奏です。
BSOとのブラームスにはもう1曲「ハイドン」があります。これもBPO盤やMPO盤とほぼ変わらない解釈で演奏されています。この頃のBSOは一つの最盛期であったのでしょう。ただ縦の線が合っているだけではないアンサンブルは、最高級ワインにも例えられそうです。ケンペの無理のないテンポ設定で各パートは己の音楽を、それはそれは楽しげに奏でます。フィナーレは不必要にテンポを落とさず、それでいて音楽はみるみる拡がり、高みへと昇っていきます。パート間に絡み合いも呼吸がぴったりで終結部も鮮やかに締めくくります。
ケンペがBSOの常任客演指揮者になったのは1958年です。いつまで務めていたのかの記録は不明確で、BSOの公式サイトにも出ていませんが、MPOの常任指揮者になるのが1967年ですから、その頃までやっていたのではないでしょうか? ケンペとBSOの録音には他にも興味深いものがありますが、それは機会を改めましてご紹介したいと思います。
ケンペの死後、公式に発売されたブラームスのディスクについてご紹介したいと思います。
ブラームス:交響曲第4番
BBC交響楽団
録音:1976年2月18日、ロンドン、ロイヤルフェスティバル・ホール
英BBC Legends(輸入盤 BBCL 4003-2)ケンペは1975年8月にRPOの終身音楽監督を辞任。同年9月にBBC交響楽団(以下、BBC)音楽監督となります。ロンドンにある5大オーケストラ(RPO、BBC、ロンドン響、ロンドンフィル、フィルハーモニア)の音楽監督は兼務できないという不文律があったからだと書いてあったのを読んだ記憶があるのですが真偽のほどは不明です。それとは別に、なぜ終身の称号が贈られるほどの親密な関係であったはずのRPOを辞任してBBCに替わったのも、どうしてだったのでしょうか?
常任になったケンペがBBCと結果的に最後のコンサートとなったのが、このディスクの「第4」です。ライヴであり、時代的に無修正の放送録音であるという点が今まで聴いてきたディスクとは大きく違うところです。
冒頭はこれ以上ないくらいのビブラートがかかって始まります。それからケンペはオーケストラを(おそらくはリハーサルとは違って)思い切り煽り立てて一気に加速させます。当然ながら弦楽パートには「ずれ」が生じるのですが、これが計算されていたかのように聴き手の心を鷲づかみにするのです。録音はやや遠目の音像ですが、これが実演でしたらこの段階で私はもうだめでしょう。一気に盛り上がって展開部に入るときには、テンポは緩められて聴き手につかの間の休息が与えられますが、それも一瞬のこと。熱を帯びた旋律が次々に繰り出されます。金管が咆哮すると弦楽器も負けずに応えます。全体でやっていることは今まで聴いてきたMPO、BPO、RPOのディスクと変わらないのですが、ここには「地味なドイツの指揮者」というイメージはありません。まるでオペラを聴いているかのような錯覚すら覚えます。最後は(録音のバランスのせいかもしれませんが)ティンパニが荒れ狂ったかのように強調されて終わります。第二楽章は対照的に水墨画のような響きで始まります。テンポは次第に減速していくのですが、それと気づけないほど自然に移り変わるのです。第三楽章は奏者にとって無理のないテンポで設定されています。それでいて音楽はどんどん前進していくのです。とても堂々たる演奏です。第四楽章との間はやや時間がとられています。観客ノイズがほとんど聞き取れないので実演でこれだけ空けたのか、それとも編集の結果なのかは分かりません。結果として聴き手が十分リセットされた時に第四楽章はじっくりと始まります。熱い演奏であることには変わりませんが、劇的効果を狙うような仕掛けがないので、とても地味な印象も受けてしまいます。最後は叩ききるように締めくくります。興奮と品格が絶妙のバランスで保たれたフィナーレです。
ここでのBBCはケンペの指揮に鋭敏に反応しています。言い換えればケンペが思いのままに指揮しているという物言いになりますが、実際は主従の関係ではなく一体化した音楽と言えます。尾埜善司先生著『指揮者ケンペ』によれば、この日のコンサートレビューの一つには以下の文言で締めくくられているそうです。
「・・・・このオーケストラは終始ケンペと共に在る。」
次は、シュターツカペレ・ドレスデン(以下、SKD)との共演ディスクです。
ブラームス:交響曲第1番
シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1957年1月16日
DREAMLIFE(国内盤 DLCA7022)ブラームス:交響曲第2番
シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1957年3月22日
DREAMLIFE(国内盤 DLCA7023)ケンペは1950年から1952年までドレスデン国立歌劇場音楽監督でした。その後はバイエルン国立歌劇場に移ってからは「西側」が活動の拠点となります。しかしSKDとの縁は途絶されたわけではなかったようで、このような録音が遺されていました。
「第1」はあまり観客ノイズは聞き取れませんが、「第2」には聞き取れますので実演の収録のようです。演奏の基本骨格はやはり、既出の演奏と大きな違いがありません。モノラル録音という制約がありますので同列には論じがたいのですが、アンサンブルの切れ味はBPOやMPOに比べると鋭いようです。
ライヴ演奏という観点で聴いてみると、セッション録音に比べてケンペの指揮はもっと自在になっており、より熱を帯びた語り口になっているのは歴然としています。しかし、これはケンペが若かったからというだけではないのは、BBCとの「第4」を聴けば明らかであると思います。決して奇をてらったり、受けを狙うような効果を考えているわけではなく、ひたすらに音楽を創出する過程においてオーケストラの奏者たちと一体となって、内的興奮が湧き出た結果としての上質の「スペクタクル」が生まれたのだと考えます。それがケンペの実演のすばらしさだったと考えます。そして、その一体となることができるオーケストラの一つがSKDであったと思います。
このように、ケンペのブラームス/交響曲録音はケンペゆかりのオーケストラと行われていました。唯一、現時点で音源がないのがチューリヒ・トーンハレですが、記録によるとブラームスは演奏歴があるので、100周年を機会にこのオーケストラとのライヴ録音が出ないものかと願っています。
最後に今回採り上げたケンペのブラームス交響曲録音の演奏時間一覧を表にいたします。
第1番
オケ 録音年 第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 SKD 1957 13:47 09:13 04:40 16:00 BPO 1959 14:30 09:20 05:02 16:46 MPO 1975 13:33 08:55 04:52 16:15 第2番
オケ 録音年 第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 BPO 1955 15:38 10:51 05:16 09:23 SKD 1957 15:37 09:48 05:03 08:52 BSO 1963 15:51 09:46 05:19 09:16 MPO 1975 16:04 09:33 05:11 09:02 第3番
オケ 録音年 第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 BPO 1960 09:22 08:15 05:53 08:43 MPO 1975 09:35 08:06 06:03 08:54 第4番
オケ 録音年 第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 BPO 1956 12:26 11:23 06:37 10:01 RPO 1960 12:07 10:58 06:42 10:05 MPO 1974 12:24 11:09 06:38 09:42 BBC 1976 12:06 11:06 06:35 10:09
(2010年6月23日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記)