ベートーヴェン交響曲第7番正規盤比較
文:松本武巳さん
クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団
録音:1970年3月31日〜4月1日
国内盤(DG POCG−3195)クーベリック指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1974年9月
国内盤(DG POCG−9236/41)
輸入盤(DG 459 463−2)OIBPリマスタリング盤クーベリックのベートーヴェン全集に先立って、1曲だけ単独に録音されたBRSOとの7番は、ワールドワイドにはもとよりドイツ国内でも発売されず、日本国内のみで発売された。それも全集の発売より数年遅れて、グラモフォン・スペシャル・シリーズ(1300円の廉価盤)で出た。ドイツ・グラモフォンの経営戦略の変更であったようで、当初全集の第一弾として70年にBRSOとの7番が、次いで71年にBPOとの3番が録音されたあと、73年まで録音がストップした間に、当初のクーベリックの意向(BPOとBRSOで振り分ける全集=かつてオイゲン・ヨッフムがブルックナーの全集で取った手法)が否定されたのである。この裏には、BPOとはカラヤンの全集再録音が、VPOとはベームの唯一の全集が計画・実施されたことがあるようだ。あくまでもクーベリックは、カラヤンとベームの落穂広い役に過ぎなかったのである。ただ、当時はオーケストラがレコード会社と専属契約を結んでいた時代の最後の時期で、クーベリックが自らの意向を主張することが、BRSOのポストを失うことに直結したので、涙を呑まざるを得なかったのであるが、その結果今なお世界で唯一の、一人で9つのオーケストラを振り分けた全集が完成したのである。苦労人かつ性格温厚な彼ならではのエピソードであろう。
さて、その演奏であるが、これはBRSOとの方が格段に優れている。冷静に聴くと、VPOとの物も悪くはない。ただ、第1楽章から第3楽章までは互角であるのだが、最終楽章の差がとても激しいので、聴後の印象は格段の差を感じてしまうのである。そこで、最終楽章のどこが両者の決定的な差であるのかを考えてみると、BRSOとの最終楽章の低弦の威力・迫力がVPOとの比較に留まらず、クーベリック以外の誰よりも強烈に感じられることに尽きる。このグイグイと引っ張る低弦の迫力は凄い。LPの方がより強烈で、世界初CD化の音楽の友社の企画盤では、少々希薄になるが、上記のポリドールからのCDでは、かなりLPに近い低弦の迫力が感じ取れる。ところが、VPOとの全集盤はとにもかくにもおとなしいのである。綺麗に流れてはいるし、破綻もないし、客観的にはとても良い出来だと思う。しかし、聴後の印象は残念なことに希薄になってしまう。さらに悪いことに、DGから出たOIBP盤はさらに流線型の演奏に聴こえる。日本盤の追悼発売となった全集の方がまだましである。実は、イタリア盤はかなりの迫力を感じ取れるので、ステレオ後期の録音でも、マスタリングの差が激しいことがここでも立証されている。スタジオ録音が、演奏家とエンジニアとの共同作業であることを痛感する。
ところで、どちらがクーベリック本来のこの曲に対するスタンスなのであろうか? 私は反則技であることを承知の上で、海賊盤にその判断を委ねようと思う。実は、彼の7番の海賊盤は2種類あって、バイエルンのポストを得るきっかけとなった1960年の物(CDR)と70年代の物(プレス盤)(いずれもオケはBRSO)がある。前者を聴いたところ、途中から盛り上がっていって、オーケストラが燃え上がり、低弦が段々とパワーアップしていくさまが、記録されている。この演奏会がきっかけで、彼はバイエルンのポストを得たのである。楽団員が彼を選んだ理由が、この海賊CDRに刻まれており、ファンにはとても貴重な記録である。一方、70年代の方は元々正規録音と時期的に近いこともあってか、とても似た表現方法で、最終楽章は「待ってました」とばかり、低弦の楽団員たちのパワーが楽章の最初から炸裂している。
まとめに入ろうと思う。彼は、バイエルンとの7番はある意味で彼の人生のターニングポイントであった、と自覚していたのだと信じる。だから、ベートーヴェンの全集の企画をDGから許されたときに、最初にBRSOとの7番を入れたのであろう。結果として、彼の全集にはこの録音は採用されなかったが、録音自体を残せて、彼は幸福だったのだろう。だからこそ、彼の意向に反するDGの方針変更を承諾したのだと信じたい。そのくらい、BRSOとの70年録音の7番は優れた演奏である。実は私はVPOとの全集では、彼が新しい方向性を模索したのだと思っている。結果として、その方向性は少なくとも私には成功したとは受け取れないが、それが彼のプロ意識の発揚であったと考えることで、私は最近ではVPOとの7番も受け入れ始めているのである。
(注 BRSOとの交響曲7番の日本盤LP(MG2311)は1972年2月に発売されていることが掲載後に判明しています。)
An die MusikクラシックCD試聴記 文:松本武巳さん 2003年7月23日掲載