クーベリックのベルリオーズ
ベルリオーズ
幻想交響曲作品14
録音:1981年
序曲「海賊」作品21
バイエルン放送響
録音:1962年 ORFEOクーベリックのレパートリーにベルリオーズが入っていたことはやや意外な感じがする。しかし、クレンペラーの場合もそうであったが、意外性を感じさせる指揮者ほど、今までにはなかった解釈を聴かせてくれる可能性がある。事実、このクーベリックの演奏を聴いて驚いた人は非常に多いはずだ。「あれっ、幻想ってこんな曲だったっけ?」という思いに駆られ、何度も聴き直してしまったのは私だけではないだろう。今までこの曲をつまらないと思い込んでいた人こそ聴いてみるべきだ。クーベリックの演奏に痺れること請け合い。また、幻想交響曲に一家言を持つマニアな方々も「こんなやり方があったのか」と膝を叩くことだろう。優れた演奏というものは音楽の全く新しい一面を見せてくれる。こんなすばらしい幻想交響曲を最高の音質で聴けるとは我々は幸せである。
幻想交響曲:81年のライブ。解説によると、クーベリックが幻想交響曲を演奏した最後の演奏会であったらしい。肝心の演奏について。クーベリックは、おそらくスタジオ録音ではこんな大胆な幻想交響曲は演奏しなかったに違いない。世の中にあふれるスマートな幻想交響曲とは一線を画しており、あちこちに聞き慣れない妙な響きが出てくる。実にスリリングな演奏で、これを聴けば、従来のクーベリック像は吹き飛んでしまうだろう。最初から最後まで一瞬も聴き逃せないのはもちろんだが、クーベリックのボルテージは音楽の進行とともにどんどん高まっていき、空前の第5楽章に至る。しかし、実は第1楽章冒頭から、怪しげな雰囲気が漂っているのが重要で、聴き手は知らず知らずのうちに演奏にのめり込んでしまう。ライブらしい緊張感の高さに加え、クーベリックの音楽作りは非常に高密度で、どの音にも生命が息づいている。適当に演奏されるフレーズがどこにもない。それだけでもすばらしいのだが、やはり異様な雰囲気を生々しく表現した第3楽章後半から第4、第5楽章が圧巻である。幻想交響曲が持つ不気味な感じがこれほど迫真的に表現されたケースは珍しい。
第3楽章、最後の部分で聞こえる雷の音(ティンパニ)のあたりから、ただならぬ雰囲気がしてくる。空恐ろしい雰囲気が持続する中で第4楽章「断頭台への行進」が開始されると、そこはもう異次元の世界で、悪魔があたりに徘徊してきそうな感じになる。この異様な雰囲気を言葉で説明できないのが残念である。オケの音色も普段とはひと味違って聞こえてくるから不思議だ。金管楽器の咆哮などすさまじいの一語に尽きる。第5楽章に入ると、さらにすごい。「こんな音が幻想交響曲の中にあったの?」という音が蔓延。私はかねがね、「クーベリックの音楽はバランスの良さが身上で、特定の声部が妙に浮き上がったり、突出して聞こえてくることはない」と考えていたのだが、この演奏を聴いて考えを改めてしまった。確かにバランスは良いのだが、何かに憑かれたように最強音でおぞましい音響を聴かせる金管楽器群やティンパニーの強打を聴いていると、ライブではバランスなどあえて無視していたのではないかとも思えてくる。この本番に際し、クーベリックは一体どんなリハーサルをやったのだろう? こんな演奏になるように指示をしていたのだろうか? まさか、そんなことはとても考えられない。やはりライブの緊張感と熱気の中で生まれた演奏なのだろう。あまりこの演奏について詳しく書いてしまうと、これから聴く人がつまらなくなるのでこの辺にしておきたいが、クーベリックの録音の中でも異色かつ最高の出来映えとなったこのCDは音楽ファンなら必ず聴いておかねばならない傑作であると思う。
序曲「海賊」:62年の録音。「この一曲に賭ける!」とでも言うべき、指揮者の気迫があふれる演奏。音質はさすがに古さを感じさせるが、それでもクーベリックの猛烈に高いテンションに圧倒される。クーベリックの燃える姿が彷彿とされる 。
An die MusikクラシックCD試聴記