ドヴォルザーク「弦楽セレナード」聴き比べ
文:松本武巳さん
1.イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1957年4月LONDON KICC9051-2 日本盤
LONDON KICC9363-4 日本盤
2.イギリス室内管弦楽団
録音:1969年5月POLYDOR POCG-3197 日本盤
UNIVERSAL MUSIC POCG-91005 日本盤(AMbient)
3.バイエルン放送交響楽団
録音:1977年5月25日ORFEO C596 031B ドイツ盤
■ 話題を呼んでいるオルフェオのライヴ
最近話題を呼んでいるオルフェオから出たドヴォルザークの後期3大交響曲には、余白に気の利いた曲がカップリングされており、大変気持ちの良いCDとなっていることも話題の一つであろう。その中に、前回私が愛好するドヴォルザークの曲としてあげた「弦楽セレナード」が含まれており、しかもその演奏内容に非常に感動したので、今回はこの弦楽セレナードの聴き比べをしようと思う。
■ この曲の録音歴
さて、この曲をクーベリックは3回録音している。1回目はステレオ最初期の1957年にイスラエル・フィルを振ったDECCA盤で、2回目は初出時に自作と組んで出たことで話題を呼んだことのあったDG盤(イギリス室内管との1969年録音)であった。今回手兵のバイエルン放響を振ったライヴ盤が、彼の最盛期の録音で出たことは慶賀の至りである。しかも演奏内容は期待に違わず素晴らしい。
■ 第1楽章について
今回はいつもとは違って、楽章ごとに3枚のディスクを比較する手法で書いてみたい。まず第1楽章「モデラート」である。演奏時間は、イスラエルが4分23秒、イギリスが4分28秒、バイエルンが4分28秒である。時間的には近似した数値が出たが、演奏はかなり異なった聴後感を持つ。イスラエルとのものは、きっちりとした造形を重視し、堅実に仕上げている。それなりに魅力があるが、オーケストラの魅力が今一歩なのと(ユダヤ人に取って大変重要な位置を占めるオケであることは置いておく)、クーベリックの指揮振りも確実すぎて、『セレナード』本来の味が出切っていないために、少々中途半端な感じが否めない。イギリスとのものは、その弦の柔らかい響きがとても好ましく、室内楽団であることがとても魅力的に語られており、好ましい演奏であった。ところが、今回のバイエルンとのものは、イギリスとのものよりも更に柔らかい弦の魅力に満ち溢れており、ほとんど室内楽的な『セレナード』となっており、そのたゆとうような響きにうっとりとさせられる。しかも非常に上品に仕上がっており、極上の演奏と言える。
■ 第2楽章について
次に、第2楽章「ワルツのテンポで」である。イスラエルとのものは6分40秒かかっている。イギリスとのものは6分17秒、バイエルンとのものは6分51秒となっており、数字上は、1回目と3回目が近似し、2回目が早めの演奏となっている。しかし、聴いて見ると少々違った感覚を持つ。それは室内楽風に演奏した、家庭の中でのワルツ、とでも言う風な感覚で早めにタクトを振ったイギリスとの録音に対し、大舞踏会の感覚を持たせたゆったりとしたテンポを取った1回目と3回目とでも言おうか。しかし、ワルツらしさを後年になるほど重視しておらず、3回目のバイエルンとのものは、ほとんどクーベリック自身の意識下において「踊り」のテンポであることは念頭にないように感じる。従って最も踊りやすい演奏はむしろ最初の録音であるイスラエルとのものであろう。しかし、バイエルンとの録音の純音楽としての高貴さは例えようもない。
■ 第3楽章について
第3楽章「スケルツォ」に行こう。イスラエルとのものは5分13秒、イギリスとのものは5分21秒、バイエルンとのものは5分22秒と近似している。実は演奏内容も近似しており、クーベリック自身の解釈が相当以前から固まっていた楽章であったと思われる。もちろん、後の録音のほうが棒捌きが練れており、かつ録音が良いので、結果的には後の録音を取ることになろうが、解釈自体は非常に安定した確固たるスケルツォの演奏である。
■ 第4楽章について
第4楽章「ラルゲット」を聴き比べよう。イスラエルとのものは5分44秒、イギリスとのものは5分03秒、バイエルンとのものは5分18秒である。本来的にはこの愛らしい楽章を表現しようとするとスローテンポの方が好ましいのだが、イスラエルとのものは慎重すぎて、少々もたれてしまう。クーベリックのテンポでは聴き手が持ちこたえられない部分が出てしまう。また、イギリスとのものは、正反対にあっさりと流れてしまい、物足りないと感じる部分が残ってしまう。ここでもバイエルンとのものは絶妙のテンポで、上品に歌い上げており、実に格調が高い演奏に仕上がっている。
■ 第5楽章について
最後の第5楽章「フィナーレ」を比較しよう。イスラエルとのものは5分53秒で、イギリスとのものは5分49秒、バイエルンとのものは5分55秒となっている。非常に近似したタイミングである。ところが聴後感は最後のバイエルンとのものが一番快速で疾走する感覚が出ており、タイミング通りには受け取れない。それは、後年ほどアゴーギグが豊かになり、歌うべきところではとても良く歌っているために、速いテンポの部分の速さだけを捉えれば本当に速いのだと思う。後年に行くに従ってメリハリが大きくついていると言い換えた方が適切かも知れない。バイエルンとのものは、最後の部分がとてもピリッと引き締まって聴こえるために、ただ単に耳に心地よいレベルを超えて、このドヴォルザークの弦楽セレナードから、音楽の醍醐味と凄味を表出し得た名演となったと考える。
■ 若干のまとめ
以上、もうまとめるまでもなく、再録音を聴く価値がとても大きかった。実はイスラエルとのものもそれなりに高い評価を得ているし、イギリスとのものを最高ランクに置く専門家も少なくはない。だが、今回のオルフェオ盤は手兵バイエルンとの最も脂の乗った時期の演奏だけに、期待に違わぬ、と言うより期待をはるかに上回る凄演となっている。「新世界交響曲」の前座としてCDは作成されているが、私には数段この「弦楽セレナード」の方が貴重かつ上質な宝物となるであろう。本当に幸福な気分に浸れるCDはそう多くはないだけに、本当にこのCDが世に出て良かったと思う。
An die MusikクラシックCD試聴記 文:松本武巳さん 2003年9月14日掲載