クーベリック親子の共演
(19歳と20歳のラファエルの録音)

文:松本武巳さん

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CDジャケット

Jan KUBELIK Historical Recordings
録音:1912年〜1935年
(全14曲のうち親子の共演はトラック13と14の2曲のみ)
CD番号なし(ヤン・クベリーク協会盤)

 

■ このCDに関する背景的説明

 

 今回は、およそ評論の範疇には入らないが、クーベリックファンにお知らせする意味も込めて書いて見たい。いままで、クーベリックの初録音は1937年10月のスメタナ「わが祖国」から第2曲と第4曲であるとされて来た。また、同年の録音としてチャイコフスキーの「第4交響曲」の存在も知られている(むしろこちらの方が早いらしい)。しかし、ここでご紹介するCDは、1934年6月26日の録音と、1935年3月13日のカーネギーホール・ライヴの音源である。両方ともに親子の共演で、前者はラファエルの指揮で、後者はピアノ伴奏である。前者はなんと20歳の誕生日の直前である。未成年ラファエルの今現在唯一(?)の録音である。

 

■ 1934年録音(伴奏指揮)に関して

 

 さて、1934年の録音であるが、曲目はヤン・クベリーク自作の「変奏曲ホ短調」で、プラハ放送局に残っていた、この曲の一部分の録音である(演奏時間でちょうど8分)。ラファエルがプラハ放送交響楽団を操って、父であるヤン・クベリークの伴奏指揮を務めている。曲の感想はあまりというか、ほとんど意味がないであろう。ヤン・クベリークが自分の技巧と作曲能力を誇示するためにのみ作られたと言える曲であり、指揮者もオーケストラも彼の僕でしかない、所謂ヴィルトゥオーゾの演奏誇示のためにのみ存在する種の曲の典型であるからである。ラファエルの指揮者としての能力を推し量る材料にはなりえない。まさにラファエルにとっては記録以外のなにものでもない。まぁ、有名なヤンが未成年の息子と共演すること自体が話題の中心であったことが、この録音の意義といえば意義である。

 

■ 1935年録音(カーネギーホールでの実況録音=ピアノ伴奏)に関して

 

 また、1935年3月13日のカーネギーホールでのリサイタル録音は、ヤン・クベリークのプライヴェートな遺産の一つであり、完全な初出音源であるらしい。曲目はパガニーニの「ラ・カンパネッラ」をヤン・クベリークが、さらに超絶技巧の限りを尽くして編曲した代物で、まさにヴィルトゥオーゾ・スタイルの編曲である。これは、息子のピアノの能力も伴って初めて演奏可能となったものと考えられる。貧弱な録音ながら、一時代前のヴァイオリンの演奏スタイルを堪能できる録音であり、その超絶技巧は、困難なパッセージになればなるほど輝きを増すという、まさに前時代の大ヴァイオリニストの記録である。ヤン・クベリークが一世を風靡した真の姿を垣間見ることができる貴重な音源である。ただし、ピアノ伴奏つきのヴァイオリンであるから、そこそこの演奏に関する判断ができるが、はっきりいって音の状態は最悪で、ドロップアウトが頻繁に生じ、ある曲を聴くために購入しようとは考えない方が賢明であろう。まさに、記録の域をでない代物である。

 

■ 息子が親父を超える方法=ラファエルの場合

 

 ところで、こんなことを考えて見た。息子ラファエルにとって親父とはどんな存在であったのであろうか、と。その演奏に対する姿勢の根本において、息子は親父とは明らかに別の方向に終生向かい続けた。ほとんど親父のアンチテーゼとしてのみ、息子の音楽に捧げる人生があったと言えるほどである。では息子にとって、親父は音楽の面で師匠たりえなかったのであろうか? 私はそうは考えない。息子ラファエルは、著名な親父の伴奏者を務めることで、自分の志向性を抑えた中で、しかも自己主張をする術を学んだと考える。それが、ラファエル・クーベリックが後世に残る大指揮者となりえた根拠であり、しかも声楽を含む大規模な作品を、見事にまとめる能力を身につける基盤となったと考える。彼がリハーサルなどで、楽団員やソリストに対して、演奏に関する指示を納得させることは、親父の伴奏者を務めるよりは存外彼にとっては簡単だったのかも知れない。あの、天馬空を行く演奏スタイルの権化ともいえたヤン・クベリークの伴奏から得たものは、とても大きかったと言える。その意味で、彼の演奏スタイルは親父とは180度異なるが、やはり典型的な二世音楽家の一人と数えうるであろう。こんな感想を持ちながら、私はこの貴重な音源を聴いたのである。

 

■ このCDの出版先のデータ

 

 最後に、このCDは以下に記載するところから出版されたものである。ご参考までに記しておきたい。

Spolecnost Jana Kubelika
Miroslav Vilimec
Chairman of the Society Jan Kubelik
Konevova 177, Praha 3-130 00

 

An die MusikクラシックCD試聴記 文:松本武巳さん 2003年8月7日掲載