意外な名演ニールセン交響曲第5番
文:松本武巳さん
ニールセン:交響曲第5番 作品50
デンマーク放送交響楽団
録音:1983年6月17日(ライヴ)
英国EMI CDM 5 65182 2(日本未発売)■ 録音の経緯
この録音は、クーベリックがデンマークの ”the Sonning Music Prize” を受賞した際の記念演奏会の記録で、楽団側の強い希望でLP化されたものである。また、デンマークでの最後の演奏会の記録でもあるようだ。LPでの発売が、すでにCDに切り替わりつつあった1986年であったために、LPを持っている方は少ないと思われる。ところが、ジャケット写真を掲載させていただいたCDでは、LPには詳細に書かれていたこの録音が発売に至った経緯が一切触れられておらず、不親切極まりない。LPはEMIから発売されたが、デジタルリマスタリングは、テルデック社の手によって行われ、LP最終期に一時流行したDMM(ダイレクト・メタル・マスタリング)方式でカッティングされている。それはともかく、CD化に際して、EMIによる再リマスタリングは行われず、LP時のものがそのまま流用されたため、実は入手困難であろうLPの方が圧倒的に音質に優れるという、困った事態が生じている。
■ 20世紀前半の音楽に対する適性
さて演奏だが、クーベリックは20世紀前半に作曲された作品への適性が非常に高い、と日ごろ私は常々思っているのだが、ここでも実に素晴らしい出来栄えである。ただし、残念なことに、私はこの交響曲のスコアを所持していない。従って、雑駁な感想に留まらざるを得ないことをご了解いただきたい。それでもなおこの録音を紹介するのは、世評の高い全集の中に含まれているどの5番よりも、演奏が格段に優れているように感じるからに他ならない。
■ ニールセンの第5交響曲の特質
この曲は1922年にRoyal Danish Orchestraによって初演された。要するにこのクーベリックの指揮したオーケストラの前身である。この曲は2楽章構成を取り、第1楽章は非常にゆったりとした部分が多く、第2楽章はテンポの異同が激しく、感覚的に捉えただけでも演奏が困難な部類の曲であると考えられる。特に旋律線が独特の歌い回しをする箇所が多い上に、転調の仕方が聴いているだけでも理解可能なほどに、ニールセン独特の語法によっているようで、北欧の演奏家以外の指揮者が演奏しようと試みる場合、民族的・文化的な困難が予想される。では、なぜそれにもかかわらず、クーベリックのこの演奏が、楽団員の希望でディスクが発売されるほどに成功を収めたのであろうか? 前述したように、スコアを検討したわけではないが、どうもニールセンの語法は、ヨーロッパの一般的な語法の中心地である中欧からは周辺地域にあるために、特殊な言い回しをする部分があるが、私の聴いた感覚によれば、その特殊性が若干チェコの伝統音楽に通ずるものを感じる。歯切れが悪くて申し訳ないが、特にヤナーチェクが採譜した音階がもとになって残された作品である、チェコの、いやモラビアの民族音楽である “Moravian Folk Poetry in Songs” にとても近い印象を受けるのである。まったく、別種の音楽であるにもかかわらず、少し聴後感が似ているのである(念のために申し添えるが、ヤナーチェクの方はピアノ伴奏の歌曲であるので、形式的には似て非なるものである)。
■ 終わりに
結果として、北欧の音楽を全般的に得意とする北欧以外の地域の演奏家に、東欧、それもチェコやハンガリー出身の演奏家が多く出ることに、このあたりの民族的・文化的事情が深く関連しているのでは、と考えている。クーベリック唯一のニールセンの交響曲は、このような経緯でもって記録され、発売されたのである。これが残ったことは大変幸せであるが、それにしてもせっかくの貴重な音源であるのだから、この演奏会の行われた理由と、その録音が発売に至った経緯に関する心温まる部分は、今後の再発売時にはぜひとも解説書に復活させていただきたいと思う次第である。また、一度でも良いから、日本での発売も要望したいと思う。
An die MusikクラシックCD試聴記 文:松本武巳さん 2003年8月15日掲載