クーベリックのヴェルディ「リゴレット」
ヴェルディ
歌劇「リゴレット」
クーベリック指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団、他
録音:1964年
DG(輸入盤 437 704-2)ヴェルディの代表的なオペラのひとつ「リゴレット」。天才の筆が冴える傑作中の傑作だと私は思う。音楽は華麗であり、陰鬱であり、緊張感に溢れている。流れるように美しい旋律が楽しめるだけではなく、ドラマとしての面白さも抜群。悲劇ではあるものの、悪徳の権化であるマントバ公爵に何の罰もないという設定がドラマをより深刻にし、面白くもしている。「悪は勝つ」的印象を与える結末には、やりきれなさを感じないでもないが、「俺は言葉で人を殺す」などと言い切って、他人の不幸を楽しんだリゴレットには、それにふさわしい天罰が下ったともいえる。
ところで、私は「リゴレット」ばかりはCDで聴いた方が楽しめるという変人である。というのも、斬新な演出によるえげつない舞台を見せられて、少々げんなりしたことがあるからだ。私は自分を堅物だとは思っていないが、第1幕、前奏曲が終わった直後から繰り広げられるマントバ公爵の乱痴気騒ぎのシーンがあまりにきわどいのも困る。舞台のえげつなさに気を奪われて音楽に集中できなくなるからだ。そうなると、音だけのCDは有利だ。もともと「リゴレット」は名曲ばかりが所狭しと盛り込まれたオペラだから、音楽だけを聴いても十分楽しめる。そこでこのクーベリック盤が浮上してくる。「リゴレット」を楽しむには、クーベリックのようにドラマティックな演奏をしたCDが最適だと思う。
これは異色の組み合わせによる異色の録音である。「異色」であるのは、チェコ出身の指揮者によるイタリア・オペラの指揮というだけではない。配役が異色である。マントバ公爵がイタリア・オペラの看板であったベルゴンツィであるのはともかく、タイトルロールのリゴレットを演じているのは、ドイツ・リートで名高いフィッシャー・ディースカウなのだ。ベルゴンツィの声が、そして歌がすばらしいのはいうまでもない。おそらく、「フィッシャー・ディースカウの歌うリゴレットをどう受け止めるか」で評価が分かれる演奏だろう。もちろん私はすばらしいと思う。非道なマントバ公爵、哀れな娘ジルダの狭間に立ち、懊悩するリゴレットの姿をフィッシャー・ディースカウは巧みに歌い切っている。私がイタリア語の素養が全くないからだと思うが、フィッシャー・ディースカウのイタリア・オペラには違和感などまるで感じられない。優れた音楽しか録音しなかったフィッシャー・ディースカウだが、リゴレット役は彼の持ち味を最高に示せるという意味で、心憎い配役だと言える。第1幕最後、ジルダが奪い去られたことを知るシーンから、ラストまでフィッシャー・ディースカウはリゴレットの心情を見事に表現している。
また、クーベリックが劇的なこのオペラの管弦楽を実にダイナミックに指揮していることも大きな特長である。クーベリックは極めて広いレパートリーを持っていた。オペラにおいても多くの経験を重ねている。したがって、イタリア・オペラの録音があってもおかしくはない。しかし、これほどの劇的緊張を味わえる録音を残してくれたのは天の配剤としか言いようがない。そもそも、このような指揮者、歌い手、オケの異色な組み合わせで「リゴレット」の録音を計画したのは誰なのだろうか。辣腕プロデューサーのオットー・ゲルデスだろうか。あるいは指揮者であるクーベリックであろうか。この組み合わせが決まった瞬間に既に名盤の地位は約束されたようなものだ。アナログ全盛期で、資金的にも潤っていた頃のグラモフォンだからこそできた贅沢な企画物CDだと私は思う。
録音は非常にクリアで聴きやすい。アナログの良さを再認識させる高水準録音だ。録音当時、オペラ界を賑わせていた名歌手達の歌がごく自然な音響で楽しめる。録音を担当したエンジニアはギュンター・ヘルマンス。
なお、主な配役は以下のとおり。
- マントバ公爵:カルロ・ベルゴンツィ
- リゴレット:フィッシャー・ディースカウ
- ジルダ:レナータ・スコット
- スパラフチーレ:イーヴォ・ヴィンコ
- マッダレーナ:フィオレンツァ・コッソット(解説には、すごく若くてきれいな頃の写真が掲載されている)
An die MusikクラシックCD試聴記