「名盤の探求」

例4 量産

文:青木三十郎さん

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CDジャケット

・シェーンベルク:オーケストラのための5つの小品
・ウェーベルン:オーケストラのための5つの小品
・ベルク:オーケストラのための3つの小品
アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団
録音:1962年7月14,19〜22日 ワトフォード・タウン・ホール、ロンドン郊外
マーキュリー(国内盤 日本フォノグラム PHCP10234 =1990/11発売)

 日本映画の全盛期、大手各社は年間70〜80本もの映画を製作していました。それほど大量生産していると収支計算はドンブリ勘定化し、当たりそうもない実験作とか監督やりたい放題の怪作なんてのも、なかばドサクサにまぎれて企画化。そうやって作られた映画の中には、当時まったく理解されず不入り→打ち切りで監督が干されたりしたものの、のちに人気が高まり現在では高く評価されている〔早すぎた名作〕も多々あって、いろいろ例を挙げたいところですけど本論に関係ないので自粛。要は、クラシックのレコードにもそういうのがあるとすれば、マーケティング至上主義のせちがらい現代では企画されえない、余裕があった時代ならではの遺産ということになるのではないか、と。

 たとえば1959年から5年ほどの間にカラヤンとウィーン・フィルがデッカに大量の録音を残したなかで、最初に手がけた「ツァラトゥストラかく語りき」の売上げは録音に要した時間と費用に見合うことはなかろうと、プロデューサーのジョン・カルショーは確信していたそうです(*)。これはのちに映画で使われポピュラー名曲化したので事情が変わったという話の一部として言及されているだけであり、例の「惑星」なんかもそういう覚悟のもとであえて録音されたにちがいありません。

 あるいは1956年から10年間、毎年夏に渡英してロンドン響との集中的録音セッションを持っていたマーキュリー。1962年7月にはほぼ一ヶ月をかけ、ドラティ(一部スクロヴァチェフスキ)の指揮でLP10枚分以上を大量収録しています。ベートーヴェンやチャイコフスキーらのポピュラーな作品、ドラティ得意のバルトークなどが並ぶなか、異色の一枚が「新ウィーン楽派 オーケストラのための小品集」。いまでこそ(一説によると「惑星」同様カラヤン盤が出たのちは)名作として広く普及し録音も多いこれらの作品も、当時書かれた原ライナーノートによると「最近になってやっと聴き手に受け入れられ始めた」とのこと。こんな激レア作品の録音が実現したのも大量生産の一部だったからこそ、でしょう。内容は、ベルクについてはかつてご紹介したとおり。シェーンベルクとウェーベルンも明晰かつ鮮烈、シャープな名演。音質もスゴい。CDには、1961年のセッションで「ヴォツェック断章」とともに録音された「ルル」組曲が追加されていて、いうことなしです。当時どれくらい売れたかは知りませんけど。

 そういえば、デッカの野心的企画「頽廃音楽シリーズ」はあの大ベストセラー「三大テノール」の利潤によって実現したんだそうです。こういうことがあるので、三大テノールやらアダージョ・カラヤンやらオザワのニューイヤーコンサートなんかをバカにしてはいかんのでした。

 ちなみに先に採りあげたドイツ・シャルプラッテンも、当時の東独の国営企業として制作費や売上げを気にせずじっくり丁寧にアルバムを制作したそうですが、シューベルトの交響曲第7番D.729やワーグナーの交響曲などという珍品がスタジオ録音されたのも、大量生産とは違いますけど似たような事情の産物として、稀少価値の高いものでしょう。

(*)『レコードはまっすぐに』,ジョン・カルショー著,山崎浩太郎訳,学習研究社,2005,p.282

 

2009年6月5日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記