「私のモーツァルト」
モーツァルト: ピアノと管楽のための五重奏曲 変ホ長調 K.452文:青木さん
モーツァルト
ピアノと管楽のための五重奏曲 変ホ長調 K.452■ はじめに
シューベルトの「ます」など一部を除いて室内楽曲というものにほとんど縁のなかったワタシは、あるとき「ほかのいい曲を聴き逃しているのでは?」と不安になりました。しかしどこから手をつけてよいのか見当がつかなかったので、音楽之友社『クラシック名曲ガイド』シリーズの室内楽曲篇を購入。古今の名曲200曲ほどを解説したコンパクトな本です。
これを読んでたちまち興味を抱いたのが、モーツァルトの「ピアノと管楽のための五重奏曲」でした。なにしろ「円熟期のピアノ協奏曲の魅力(管楽器の精妙な用法が特徴)を室内楽編成に移した作品」だそうで馴染みやすそうですし、モーツァルト自身が父への手紙に「生涯作品の作品です」と書いたというからただごとではありません。そしてかのベートーヴェン大先生もこの曲に影響されて楽器編成・調性関係まったく同一の作品をものしているというではありませんか。これでは両曲を聴きくらべてみたいと思わぬほうがどうかしています。
次に、どんなCDが出ているのかを『レコード芸術』誌別冊の「レコード・イヤーブック」で調べました。こういうときのために1月号だけを買い続けているのですが、やはり基本情報の全体像を掴むのにはインターネットよりも本のほうが向いていますね。その結果、やはりベートーヴェンと組み合わされたCDが多いことが判明。この両作曲家のピアノ協奏曲全集を完成しているアシュケナージ、バレンボイム、ブレンデル、ペライアらを始め、エッシェンバッハ、グルダ、コチシュ、ヘブラー、プレヴィン、ルプー、レヴァインといったメジャー演奏家たちが申し合わせたようにこのカプリングを採用しているのは興味深いことです。
それらの中でワタシが選んだのは、やはりというべきか、下記のようなCDたちでありました。その前にまず、楽曲について。
■ 曲の感想
まず正直に告白しておきますと、ベートーヴェンのほうはあまりいい曲とは思いませんでした。1796年作曲のOp.16ということは交響曲を手がける何年も前の作品であり、彼が個性を確立する以前の「若書き」の曲なのです。どうしてもモーツァルトの亜流、という印象が先に立ってしまい、もっと聴きこめば別の面が見えてくるのかもしれませんが、いまのところはそれに至っておりません。
それに対してモーツァルトの作品は、これはもうまぎれもない名曲です。作曲時の年齢こそベートーヴェンと大差ないものの、作曲が1784年なので交響曲「プラハ」の翌年という円熟期の作品。しかも、モーツァルトといえば”速書きの人”というイメージがあるのですが、この曲の場合は7〜8ページからなる入念なスケッチに基づいて、かなり時間をかけて作曲したらしいのです。
曲の内容については、ルプー盤のライナーノートに石井宏氏が面白いことを書いていました。この曲は、4本の管楽アンサンブルをミニ・オーケストラに見立てるとピアノ協奏曲となり、逆にピアノをミニ・オーケストラと捉えれば管楽器のための協奏交響曲になるというのです。これは確かにその通りでして、ちょっと意識をずらすだけでどちらにも聴こえるという、エッシャーの騙し絵のような両面性を楽しめます。それというのも、各パートが相当入念に書かれているからでしょう。
天才モーツァルト渾身の力作をマネするなら、ベートーヴェンももっと気合いを入れて作曲すべきでした…などというと今ごろは「大きなお世話だ」と墓の中で寝返り打ってるかも知れませんが。
■ 演奏の感想
CD1:ルプー盤
ラドゥ・ルプー(ピアノ),オランダ管楽アンサンブル員〔ビセンテ・サルソ(ホルン),ゲオルゲ・ピーターソン(クラリネット),ブライアン・ポラード(ファゴット),ハン・デ・フリース(オーボエ)〕
録音:1984年6月 コンセルトヘボウ小ホール、アムステルダム
デッカ(国内盤 ポリドール F35L50397)オランダ管楽アンサンブルといえばアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者またはその経験者も多く(あとで調べるとホルンを除く3名が該当)、小ホールとはいえアムステルダム・コンセルトヘボウでの録音(エンジニアはコリン・ムアフット)。あのコクのある濃い音彩が楽しめるのではないか・・・というのがCD購入の動機だったわけですが、それについては期待通り。ほんとうによい音色です。特に第1楽章の牧歌的な楽想にはぴったり。そしてルプーの美しく精緻なピアノが、それらと鮮やかなコントラストを成しています。これによって、穏やかな演奏ながら前記の協奏的な構図も感じられる結果になっているようです。ルプーのモーツァルトを他にも聴いてみたい、と思わせる瑞々しい演奏でした。
CD2:バレンボイム盤
ダニエル・バレンボイム(ピアノ),デイル・クレヴェンジャー(ホルン),ラリー・コムス(クラリネット),ダニエル・ダミアーノ(ファゴット),ハンスイェルク・シェレンベルガー(オーボエ)
録音:1993年10月 オーケストラ・ホール、シカゴ
エラート(国内盤 WEA=ワーナー・ミュージック WPCS4262)当時バレンボイムはシカゴ響の音楽監督を務める傍ら、モーツァルトのピアノ協奏曲の録音をベルリン・フィルと進めていたところでした。そこでその両楽団から首席奏者を二人ずつ集め、自らピアノを弾いてこのCDを録音したわけですが、なんだかあざとい企画ですねぇ。しかしさすがというべきか、単に技巧が卓越しているだけでなくそれなりに味のあるモーツァルトになっておりまして、ちょっとした驚きでした。まったく器用な人たちです。とはいえルプー盤に比べると響きの柔らかさとコクが乏しく、むしろ後半のベートーヴェンのほうが向いているような気もしました。なお一応書いておきますと、クレヴェンジャーとコムスがシカゴ、ダミアーノとシェレンベルガーがベルリンからの参加です。
CD3:レヴァイン盤
ジェームズ・レヴァイン(ピアノ),シカゴ交響楽団首席奏者〔デイル・クレヴェンジャー(ホルン),クラーク・ブロディ(クラリネット),ウィラード・エリオット(ファゴット),レイ・スティル(オーボエ)〕
録音:1977年7月12日 シカゴ
RCA(国内盤 タワーレコード=BMG TWCL3011)別稿〔シカゴ響のモーツァルト〕の番外篇みたいな録音です。レヴァインは後にこの曲をウィーン・フィル及びベルリン・フィルのメンバーとDGに再録音しており、おまえもか!と突っ込みたくなるのですが、ここではシカゴ響の精鋭部隊を起用。ラヴィニア音楽祭の演目だったのでしょうけど、イメージとしてはこれまた企画先行型、そのうえ演奏も魅力に乏しくてモーツァルトに向いていないと思わざるを得ません。バレンボイム盤にも参加していたクレヴェンジャーのホルンを比較すればわかるのですが、ドライな印象の録音にも問題がありそうです。シカゴ響マニア向け。なおカプリング曲はベートーヴェンではなく、リン・ハレルやジュリアードSQのロバート・マンらとのピアノ四重奏曲です。
(2006年6月14日、An die MusikクラシックCD試聴記)