「この音を聴いてくれ!」
第1回 クナ指揮ウィーンフィルの「ワルキューレ」
■ クナの「ワルキューレ」 (文:伊東) ワーグナー名演集
クナッパーツブッシュ指揮ウィーンフィル
録音:1957〜59年
DECCA(国内盤 230E 51020)収録曲
楽劇「神々の黄昏」から
- 夜明けとジークフリートのラインへの旅
- ジークフリートの葬送行進曲
舞台神聖祝典劇「パルジファル」から
- 幼子のあなたがお母様の胸に抱かれているのを見た(ソプラノ:フラグスタート)
楽劇「ワルキューレ」から
- ヴォータンの別れ(ウォータンの告別と魔の炎の音楽、バス・バリトン:ジョージ・ロンドン)
楽劇「トリスタンとイゾルデ」から
- 前奏曲
- イゾルデの愛の死(ソプラノ:ニルソン)
ここで告白してしまうが、私はクナッパーツブッシュの音楽を理解できないときがある。
そんな私にもこのCDで聴くワーグナーには心底驚かされる。とりわけ「ワルキューレ」第3幕の終わり、約17分の「ヴォータンの別れ」には。
まずすごいのは、オーケストラの音である。いきなり最強音で始まる、・・・という生やさしいレベルではなく、それこそ極限に近い音がする。弦楽器の悲鳴のような音に続き、金管楽器群が壁のように目の前に立ちはだかってくるその瞬間は、クナがウィーンフィルをどのように指揮したのか、どのような顔で、どのような姿で指揮したのかを想像せずにはおれないすさまじいさである。やがてホルン群の咆哮が終わると、ジョージ・ロンドン演じるヴォータンが歌い始める。が、私にとって、この曲の最大の聞き所は失礼ながらジョージ・ロンドンのヴォータンではなく、クナとウィーンフィルによるオーケストラ演奏部分である。あまりにも強烈なサウンドなので、一度聴いたら忘れられない。しかも、この演奏を聴いた後では、どの演奏も生ぬるく感じられてしまう。
感心するのは、この部分が録音されたのは1958年6月だというのに、DECCAの録音スタッフがこの大音響をきちんとステレオで歪みもなく収録できたことである。DECCAのスタッフはクナ指揮ウィーンフィルが作り出した想像を絶した音に狼狽し、あわてて録音レベルを下げたとか下げなかったとかいう話を聞いたことがある。私の部屋でこの音楽が鳴り響くとき、録音レベルが奇妙に操作されたようには思えない。仮にそうした操作が行われたとしてもこの雰囲気を伝えてくれたことには深く感謝したい。
私はこうした録音を通じていつしかDECCA録音の信奉者になったわけだが、未だにこの録音のエンジニア名を知らない。一体何という人だったのだろうか。そのエンジニアは、この「ワルキューレ」演奏の現場で何を思い、何を見ることができたのだろうか。私はCDを聴く度にそんなことを考えている。
なお、このCDについてはこちらもご参照下さい。