ホッター
客観的に優秀な演奏であることは吝かではないのだが、少々歌い振りが丁寧過ぎるようにも感じられ、残念ながら感動するまでには至らなかった。ただし、丁寧に慈しむような歌い振りは見事であるし、曲や詩に対する愛情も十分に感じさせるところが、さすがは往年の名歌手だと感心させられた。
スゼー
きわめてロマンティックな演奏であり、かつ全体を通して非常に清潔な雰囲気が漂っているのだ。もしかしたら、聴き手が通常この曲に対して一般的に期待する歌い振りに最も近い演奏なのかも知れない。発声も想像以上に明瞭であり、スゼーのドイツ歌曲に対する適性を感じさせてくれる名演奏である。
フィッシャー=ディースカウ
けっこう速めの演奏である。聴いていて面白みはないものの、音に対しても詩に対しても表情付けが非常に豊かであることは、特記したいと思う。また全体的な見通しがとても良く、歌い手自身の余力と自信を感じさせる。まさにリートの王者たる風格と余裕を感じさせる演奏である。
プライ
意外にもドイツ語の発音自体がやや不明瞭で、音楽の表情付けも若干曖昧である。演奏は全体的に早めのテンポで押し通しているのだが、彼の本領発揮には至っていないやや残念な録音であると言わざるを得ない。期待が大きかった分、はぐらかされた感が強い。
ヴンダーリヒ
死の直前のラストコンサートのアンコールで歌った録音が残されている。人生最後の歌唱がこの曲であったのだ。しかも、歌う前に楽曲紹介だけでなく「これが最後のアンコール曲です」と話して聴衆を笑わせてから歌った、そんな客席との微笑ましいやり取りもそのまま録音に残されている。美しい、本当にどこまでも美しい。テンポは速めで、きわめて明瞭な歌い回しである。スタジオ録音も方向性は同じだが、もう少し堅実な響きである。それにしてもドイツ語の発音が、会話のようにきわめて聴き取りやすく明確である、そんな稀有な歌手であった。
ボストリッジ
非常に細かい部分にまで、緻密な配慮が行き届いたきめ細かな演奏。かつ全体的に中庸のテンポを堅実に維持し、十分に余力を残しつつ美声を聴かせるので、特にホールで実演奏を聴いたとしたら、とても感動するかも知れないと思う。ただしスケールはやや小さいが、そのことが決して欠点にはなっていない。
ターフェル
想像以上にリートの本流に合わせた慎重な歌唱である。ただし、テンポ感はきわめて優秀で、事前の期待感とは異なる方向で感心させられた。発音も思ったよりも詩を大事にした、明確な方向性を維持していて、優れた録音の一つであると言えるだろう。スケールの大きい演奏でもある。
ゲルネ
美声かつ表情豊かで、それでいて十分な余裕も感じさせる優れた演奏である。この歌手の欠点は、鼻息が録音でも聴き取れることぐらいだろうか。ブレスがやや特殊で、これが気になる人がいてもおかしくはない。スケールはやや小さい。さすがは現代を代表するリート歌手であると言えるだろう。
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