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シューマン ヴァイオリンソナタ第2番作品121
バルトーク 無伴奏ヴァイオリンソナタ,Sz.117
シューマン 子どもの情景作品15
バルトーク ヴァイオリンソナタ第1番,Sz.75
クライスラー 愛の悲しみ
美しきロスマリン マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
録音:2006年12月11日(ベルリン・フィルハーモニーホール、ライヴ)
EMI(輸入盤 693399 2)(2枚組CD) |
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■ 多くの聴き手の期待を、さらに良い方向に裏切るライヴ録音
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この2枚組ライヴ録音を手に取った人の多くは、「を? アルゲリッチのソロがある! これは買わねば。」であったのではないだろうか?実は私もその一人である。しかし、ここでのクレーメルは、想像を絶する好調さで、アルゲリッチすら呑み込むほどの凄絶な演奏を繰り広げているのだ。さらに、アルゲリッチのスタジオ録音としては、最後のピアノソロ作品の録音であったシューマンの「子どもの情景」の演奏(再録音)も、件の80年代前半録音のドイツグラモフォン盤を超える名演奏と考えられるので、望外の幸せに浸った聴き手も多かったと思われる。
その割に、大きな評判を呼ばなかったのは、選曲の渋さが原因の大半であるのは間違いないだろう。シューマンのヴァイオリンソナタは晩年の渋い作品であるし、バルトークの無伴奏ヴァイオリンソナタは、良く知らない人が多い曲であると言わざるを得ないし、同じくバルトークのヴァイオリンソナタも、どちらかと言えば通好みの、聴き手の大きな広がりを期待できない曲である。しかし、このライヴ録音における演奏密度の濃さを前にすると、この「ベルリンリサイタル」が世に出た理由が理解できるのである。
当ライヴ録音は、2006年の師走にベルリンのフィルハーモニーの大ホールにて行われている。このような大ホールで、ピアノとヴァイオリンの室内楽リサイタルが開催されることは、かなり稀なことであると言えるだろう。
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■ シューマンのヴァイオリンソナタ第2番
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1851年10月26日に着手し、11月2日頃に全曲が完成された。初演は同年11月15日にデュッセルドルフで非公開にて行われ、正規の公開初演は1853年10月29日にデュッセルドルフで、クララのピアノとヨアヒムのヴァイオリンによって行われた。
第1楽章の序奏は、和音の連打で特徴的に開始されるが、いきなりアルゲリッチとクレーメルは、猛烈なテンションで開始しており、冒頭から度肝を抜かれる。第2楽章はいわゆるスケルツォ楽章で、ピアノで始まる主部に、柔らかなトリオが2つ挿まれるが、ここはアルゲリッチのピアノの美しさに引き込まれるだろう。第3楽章は、コラール『深き淵より』に基づく主題がピッツィカートのソロで奏される。この部分では、今度はクレーメルの優れたリズム感が際立っている。第4楽章の第1主題はスピード感が特徴で、ヴァイオリンとピアノの掛け合いが多いのだが、両者の火花が散るような掛け合いに、誰もが唖然とさせられるだろう。途中から落ち着いた第2主題が扱われて、その後再び第1主題に戻る。展開部、再現部と続き、最後は二人が猛烈に競うような激しいコーダへとなだれ込み、曲を終える。
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■ バルトークの無伴奏ヴァイオリンソナタ
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アメリカ亡命後の1944年に作曲。メニューインの委嘱で着手された。最晩年に辿り着いた、研ぎ澄まされた線的作風が極めて特徴的であり、熟達の書法が際立つ緊張感の強い難曲。いわゆる「バルトーク・ピッツィカート」奏法が登場する作品としても一部に知られる曲。
第1楽章は、発想記号の代わりに「シャコンヌのテンポで」と言う指示が与えられているが、曲自体はシャコンヌではない。第2楽章は、4つの部分に分かれたフーガである。クレーメルは各フーガを見事に弾き分けており、上手さに感心する。第3楽章は、三部形式で作曲された瞑想的な楽章で、続く第4楽章は、無窮動的な旋律が中心となるロンド形式の楽章。リズミックな主題と静かな主題が交錯した演奏至難な曲なのだが、クレーメルの技巧がまさに冴えわたっている。
全体を通じて、音と音の繋がりが容易に把握できないためか、非常に難解な楽曲であり、とても気楽に聴いて理解できるような代物ではない。凄い曲を聴いた錯覚には浸れるものの、音楽の実体は残念ながら到底見えてこない、そんなとても厄介な楽曲である。実際のところ、クレーメルの演奏が凄いと確かに実感はできるのだが、では具体的にどう凄いのかと問われると、無念ではあるがきちんと論理的に説明できないのだ。この演奏の凄さは、直接ディスクで各自が体験して頂く以外にないのかも知れない。私には、これ以上説明義務を果たすことは、自己の能力を遥かに超えており、困難であると認めざるを得ない。
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■ シューマンの子どもの情景
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この曲集は子どもが演奏するための曲ではなく、むしろ大人が見た子どもの様子を綴ったものである。複雑な音型はないため子どもが演奏することがあるものの、各曲の内容を正しく表現するためには、かなり高度な表現力が要求されていると言えるだろう。作曲者自身による標題は以下の通りである。
1.「見知らぬ国」 2.「不思議なお話」 3.「鬼ごっこ」 4.「ねだる子ども」 5.「満足」
6.「重大な出来事」 7.「トロイメライ」 8.「炉端で」 9.「木馬の騎士」 10.「むきになって」
11.「こわがらせ」 12.「眠っている子ども」 13.「詩人のお話」
アルゲリッチは、20年以上前のドイツグラモフォンへのスタジオ録音とは異なり、曲ごとの性格描写の的確な弾き分けの見事さもさることながら、一見自由に勝手気ままに弾いているように見えて、実際にはかなり深い部分までしっかりと楽譜を読み込んでおり、普段から聴きなれた有名な楽曲でありながら、決して気楽には聴けない緊張を聴き手は強いられるのである。まさにアルゲリッチの面目躍如と言えるだろう。
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■ バルトークのヴァイオリンソナタ第1番
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1921年の作曲で、いわゆる無調的作品と言えるだろう。作曲者自身のピアノとダラーニのヴァイオリンで、ロンドンにて初演された。急・緩・急の古典的様式に拠るが、バルトークが抽象的・普遍的な創作へと踏み出した時期の作品にあたる。民俗色を十分に維持しつつも、ヴァイオリン特有の旋律と打楽器的な役割を持つピアノ伴奏で楽曲全体が貫かれている、やや難解な楽曲である。
第1楽章は研ぎ澄まされた緊張感で貫かれた少々疲れる曲であるが、アルゲリッチとクレーメルは、真正面から真剣勝負を挑んでおり、聴き手にまで最高度の緊張を強いる、そんな世界が全体に繰り広げられている。第2楽章も同様の緊張感が完璧に持続していて息が抜けない。第3楽章も相変わらずの緊張感なのだが、そんな中に一瞬印象派的な柔らかい響きが現れて、ようやく聴き手は強い緊張感から解放され、まさにホッとするのである。そんな場面でのアルゲリッチとクレーメルは、ものの見事に息が合っており、聴き手を巻き込んだ真剣勝負も、決して両者の意見の相違から来る闘いではなく、事前に意見の一致を見た上での真剣勝負であったことが、楽曲の最後に至って聴き手にもようやく理解できるのだ。まさに名演奏だと思う。
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■ クライスラーの小品
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アルゲリッチとクレーメルは、最後に粋なクールダウンを提供してくれる。派手に煽られて興奮状態に陥った多くの聴衆に対して、二人は心から優しく、愛らしく小品を奏でて、聴衆をリサイタルの満足感に浸らせるとともに、聴衆の心を平穏に戻してくれるのである。まさに粋な計らいとしての、アンコールにおける小品演奏であったと思う。
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(2016年11月30日記す)
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