ベーム最初の第9録音である「1941年シュターツカペレ・ドレスデン」盤を聴く

文:松本武巳さん

ホームページ What's New? 旧What's New?
「音を学び楽しむ、わが生涯より」インデックスページ


 

CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲第9番ニ短調作品125

  • マルガレーテ・テシェマッハー(S)
  • エリーザベト・ヘンゲン(Ms)
  • トリステン・ラルフ(T)
  • ヨーゼフ・ヘルマン(Br)
  • ドレスデン国立歌劇場合唱団

カール・ベーム指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1941年、ドレスデン(放送用録音)
Profil(輸入盤 PH 06035)

 

■ 二桁の録音が残された「ベームの第9」の最初の録音

 

 音質の悪さも伴ってか、ベームの第9録音の中ではかなりマイナーな存在であるし、ベームのドレスデン時代の録音中でも、かなり地味な取り扱いを受け続けている音源であると言えるだろう。復刻盤の復刻技術に関しては、ここでは何も語ることがない。与えられた音源をそのまま受け入れて聴く作業に徹しているので、この点からの論評は基本的に控えたいと思う。ただし、この音源については、全部で6種類保有していることのみ明示しておきたい。

 またベーム自身の人となりについても、ここでは一切論評を控えたい。特に戦時中のドイツでの活動の場合、諸説乱れ飛び結果的にそれがベームの音楽自体を愛好することに、何らの寄与もしてくれないからである。加えて人格面についても、後世の音楽ファンの一人として、残された音源の中でのみ判断したいと考えるため、多くのドキュメンタリー番組や出版物等での批判的見地についても、それなりに見てはいるものの論評を控えたい。そもそも人間には必ず表の顔と裏の顔があり、それが仮に聴き手の好悪の判断に影響するとしても、人間が長年生きて活動した証拠の一つに過ぎないと思うからである。こんな側面が、ベームその他の、第二次大戦当時のドイツ国内で活動した指揮者には、永遠につきまとっているのは、不幸と言うしかない。

 

■ 後年のベームとは明らかに異なる別の姿

 

 シュターツカペレ・ドレスデン音楽監督時代(1934〜43年)のべームによる、彼自身最初の第9の録音である。ここでのべームは晩年のスタジオ録音とはまるで別人のような、とても熱く激しい音楽作りが特徴であると言えるだろう。終楽章の独唱陣は、同じべーム指揮によるリヒャルト・シュトラウスの『ダフネ』初演の際の配役であったテシェマッハーとラルフを含んでおり、当時のドレスデン所属歌手のベストキャストであったと思われる。まさに覇気が漲っていた壮年時代のベームらしい、積極的な音楽作りがなされていると言えるだろう。

 この録音でのベームは、壮年期特有の健康的かつアグレッシヴな演奏姿勢で一貫している。さらにコーダの処理などは、我々が知る後年のベームと同一人物だとは凡そ思えない、とても面白い処理方法を用いている。非常に遅いテンポでコーダに入っていき、途中からはまるでフルトヴェングラーの如く一気呵成に突き進んでいくのだ。放送用スタジオ録音でありながら、アンサンブルの乱れも厭わずに、仮に多少のズレが楽器間で生じても気にしない点など、まさに古き良き時代の舞台芸人そのものであると痛感させられる。決して史料的な価値にとどまらない大きな魅力に溢れた演奏であると、私は信じている。

 

■ ベームの固定観念を覆す録音の一つ

 

 カペレの個々のメンバーの演奏の充実振りも、とても貧しい音質ながらはっきりと伝わって来るのもたいへん面白いと思う。ただ、終楽章は合唱が入るためであろうが、開始部分の低弦による演奏が少々弱々しく聴こえるのは残念でならない。一方の合唱は非常にしっかりと音が捉えられているが、かなりの大人数の女性コーラスと、下手をすると一桁かも知れないと思われる男性コーラスの、ものすごいアンバランスが、かえって大きな興味を惹く。大人数の女性コーラスの音程が、どうしても不安定になりがちなのはやむを得ないことだが、通常考えられるのとは異なり、実はピッチが上がり気味な部分が散見されるのだ。

 ソリストは基本的にドレスデンに所属する歌手でまとめており、ほぼ無難な人選かつ演奏であると言えるだろう。第1楽章は、ベームについて一般に多くの人が想起するようなものとは異なる、指揮者ベームの偉大な迫力と気合いを感じる。第2楽章は一転してとても爽やかなすっきりと見通しの良い指揮ぶりである。第3楽章も一般に期待する通りの滋味溢れた渋い演奏である。終楽章コーダについては前述の通りである。

 そして、何よりも大書したいのは、ここでのベームは、意外なほどテンポを微妙に揺らぐように動かしているのである。このテンポの揺らぎがまた心地よく、当時のベームが優れた大きな仕事をしていたことを痛感させられる部分でもある。

 

■ 幸せだった9年間のドレスデン時代

 

 ベームの人生の中でも、大変幸せなドレスデン時代の9年間であっただろうことが偲ばれる、そんな録音であるように私には思えるので、彼の第9録音の中ではマイナーな筆頭格であるにもかかわらず、ここで取り上げようと考えた次第である。今一度、死後忘れられかけたベームの多くの遺産について、しっかりと聴き直してみる契機となることを念願したいと思う。

 

(2021年9月17日記す) 

 

2021年9月18日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記